Der totale Bahnsinn

Front Cover
Miguel Fernandez, Der totale Bahnsinn, Lappan, 2019.

ドイツの漫画。鉄道に関係したネタばかりを収録した一コマ漫画作品集。現実のドイツの鉄道事情についての不満を反映したとみられるコミックもあれば、単にナンセンスなものもあり、また一般的なドイツのステレオタイプなイメージを用いた風刺もあるといったように、それなりに多様な視点に基づくユーモアで溢れていてなかなか退屈させない一冊になっている。

引用画像その1
本書のなかで何度も繰り返される、ドイツの列車は時刻通りに来ないというネタのひとつ

本書を読み始めてすぐに思ったことは、まずドイツの鉄道会社のサービスに対する不満を背景にしたコミックがあまりに多いということだ。現実にはありえないような誇張は差し引いて受け止めたとしても、ちょっと文句が多すぎるんじゃないかと感じられた。サービスの質を過剰なまでに要求する神経質な顧客の視点を支持する一方的な立場から鉄道会社をくさしているように思えた。それが著者個人の偏った意見ではなく、ある程度ひろく一般の読者に支持されるだろうという前提がなければユーモアとして成立しないだろう。したがって、当初僕はドイツ人は日本人にくらべればはるかに鉄道会社のサービスに厳しいのかもしれない、と受け止めた。ただし、一冊読み終わった時点で振り返ってみるとちょっと考えが変わった。もし本書のなかでたびたび描かれているように電車が30分や40分も遅れて来ることが決して例外的ではなく日常的であったならば、なるほど不満たらたらになるのももっともだと思える。そして坊主憎けりゃ袈裟まで憎しで列車の遅れ以外のあれやこれやについても文句を言いたくなるのも、少なくとも気持ちは理解できる。実際のドイツの鉄道事情を知らないのではっきりしたことは何も言えないけれども。

引用画像その2
言葉の多義性を利用したナンセンスユーモア

僕の好みのユーモアというものは幾つになっても変わらない。直接に現実の出来事や制度、団体、個人などと関係のないナンセンスなユーモアこそすんなり受け入れて楽しめる。現実に風刺の対象が存在するユーモアには、いつでも何らかの気恥ずかしさやわざとらしさに襲われて居心地悪く感じてしまう。

引用画像その3
携帯ショップに買い物に来て店にケチをつけ、「それに俺は鉄道利用客なんだぞ!」と理不尽にいきりたつ男

鉄道会社の落ち度ばかりを風刺するのではなく、利用する客の側の横柄な態度を扱ったものもある。ただし数は少ないが。こういった相反する立場からの風刺も含まれているのとそうでないのとでは、印象が大きく変わってくるだろう。

見ての通り、キャラクターデザインは極端にデフォルメされたもので、しかも人間の形をしたキャラクターはみな同じ型から量産されたかのように様式的に統一されている。同じアイデンティティーを持ったキャラクターが複数のコミックにまたがって登場するということがない。どのコミックもそれぞれ一回きりしか登場しない名前のない登場人物によって成り立っている。このようなスタイルでは、キャラクターに個性を持たせたり、読者が愛着を持てるように仕向ける工夫も無用で、ただ読者に状況を容易に理解させることのできる明白さが優先されるべきだと言っていいんじゃないかと思う。その意味でこの著者のスタイルはよく機能していて申し分ないものだと言える。

本書を購入したのはもっぱらドイツ語の語彙を増やすためで、それ以上のことはとくに望んでいなかった。そもそも、一コマ漫画だけを収録して一冊の本として傑作を作り上げるというのは相当に困難なことだろうと思う。それでもまあ、僕が期待していた以上にはおもしろい一冊だったと言いたい。