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SAM Vol. 1: After Man

SAM Vol. 1 by Richard Marazano and Xiao Shang
  • SAM Vol. 1: After Man
  • Writer: Richard Marazano
  • Artist: Xiao Shang
  • Publisher: Cinebook
  • Publication Date: October 2014
  • Size: 28.7cm x 21.7cm
  • Format : softcover
  • ISBN: 9781849182188
  • 48 pages
  • £6.99/$11.95

レビュー

Dargaudから刊行中の同名シリーズの英訳版第1巻。人間を襲う殺人ロボット軍団がはびこることによって廃墟と化した都市で何とか生き残りを図る子供たちの集団を描く近未来SF漫画。表紙を一瞥して誰でもが予想するアニメ的な特徴は独特な完成度にまで至っていると同時に、見た目だけにとどまることなく良くも悪くも作品の方向性を左右している。どの部分を評価するのかという点で少なからず割り切って読むべき漫画作品ということになるだろう。

Excerpt A
イアンとSAMとの邂逅

ストーリーの基本的な背景となっているのは、地表から人びとを駆逐してしまうほど高度に発達した凶悪なロボットたちの存在、およびそのせいで主人公を含む子供たちの集団は地下の隠れ家での生活を余儀なくされているということの二つだ。主な登場人物は表紙に出ている5人の子供たちで、彼らは物資を調達するためにたびたび危険な地上へ出て活動する任務を負った実働部隊のような立場にある。この作品がこれからどのようにおもしろい話のすじを展開していくのかということは別にして、すでに僕はこのようなストーリーの基本的な背景について大いに不満がある。もっと遠慮して言うなら、遅くともこの第1巻の紙幅を使い切るまでには読者に対して明らかにされるべき作品世界のさまざまな状況が曖昧なまま話が進んでしまっているため、すでに提示された情報だけで判断するならずいぶんと大雑把で適当な設定の漫画だと評価するほかにないということになる。少なくともサバイバルもののストーリーとして見れば杜撰だ。

僕の不満の一つは、生き残っているのがなぜ子供たちばかりなのかという事情について何も明らかにされていないということだ。理由が読者に対して示されていないだけではなく、登場人物たちの誰一人としてこのことを不思議に思っていないらしく、話題に上ることさえない。5人の子供たちの上には集団のリーダーとされる人物がいるけれども、その見た目は学生くらいの年頃の男が一人いるくらいで残りはみな子供たちだ。サバイバル的状況ではまず体力の乏しい老人や子供から死んでいき、壮健な大人があとに残るというのが自然じゃないだろうか?

Excerpt B
集会の様子

不満の二つ目は子供たちがどのように生きのびているのかという生存環境についてだ。人を襲うような乱暴なロボットたちをいったいどこの誰がいつ開発したのかということについては今のところ触れられていない。主人公の回想によれば彼は2歳か3歳の頃、下水道を逃げる人びとを襲ったロボットのせいで父親と離れ離れになっている。その頃がロボットたちの最初の蜂起だとして現在の主人公の年を中学生くらいと見積もるならば今日まで10年ほどロボットの攻勢が続いていることになる。父親と生き別れになって以来ずっと地下を拠点に生活しているとは言っていないが、犬という生き物を見たことがないという主人公の証言からは相当に早い段階でロボット軍団が人類を地表から駆逐したことが推察される。さらに彼の言葉によれば最近になって狭い地下道にまで入ってこれるような新型が開発されたということになっている。四足で動くクモのようなロボットのことを指しているんだろう。したがってロボットたちは自ら生産活動をおこなえるほど高度に発達した人工知能を持ち、しかも生産手段をも押さえているということになる。ロボットをめぐるこのような突飛なSF的設定について僕はとくに不満を言うつもりはない。そういう設定の物語を作ろうという作者の選択である以上、ケチをつけてみても意味がない。しかし、子供たちの生存環境をめぐる設定については大いに不満がある。いくらSFといったって登場人物は生身の人間だ。電気や水道などのインフラはとっくの昔に遮断されていておかしくないはずなのにそのことで特に困っているように見えないのが不思議だ。地下の隠れ家のあちこちで辺りを照らしている光は電灯によるものではないのだろうか? もし電気系統が生きているのであればどこかで誰かが発電して送電線によって電気が通じていると考えるのが普通のはず。しかし、この子供たちのやりとりからはどこか遠くでまだ見知らぬ人びとが生存しているという考えはうかがい知ることが出来ない。電気関連はすべて発電機でまかなっているということなのかもしれないが、動力源はどうしているのか? もっと深刻なのはいうまでもなく水だ。集会の様子からは地下で集団生活をともにしている子供たちは少なくとも100人弱に上ると見られるけれども、彼らのための水をいったいどうやって確保しているのか? 飲み水だけではなく、体を洗ったり、洗濯をしたりといった用途で途方もない量が必要となるのは自明のことだ。数日ならいざ知らず、何年にもわたって地下に隠れてロボットの襲撃を避け、隙を見て地上に忍び出ては瓦礫の山を掻き分けて必要な物資を調達するなど到底子供たちの手に負えることじゃないだろう。 出入りに使用されている円く分厚い大きな扉はその向こうが災害時に使用される避難用シェルターであることを期待させるけれども、実際に中の空間のあちこちに注目してみると……どうもここはもともと何かの研究施設か工場の倉庫として利用されていた区画の廃墟だとしか思えない。作者は決して地下生活をゆとりのあるものとして描いているわけではないが、僕の目には彼らの隠れ家が一時的な難民キャンプのように映って仕方がない。こんなところで長年にわたるサバイバルなどありえないだろう。

この漫画がSF作品であり、現在ではありえないほど高度なテクノロジーをいくらでも恣意的に利用することが出来ることを念頭に置けば、地下の生活環境についての僕の不満はかなりの程度に解決できそうなことだと思える。食糧や衛生やエネルギー源などの問題はSF的なガジェットを使ってどうにでも読者を納得させることが出来たんじゃないだろうか。この時代の高度に発達したテクノロジーを反映しているのがロボット関連だけに限られていて、子供たちの地下生活の水準が20世紀レベルにとどまっている根拠がよくわからない。

僕は決して人間の生存条件に関する科学的認識が作者に欠けているとか、設定が支離滅裂だとか言いたいわけではない。作者は僕が長々と書き連ねた不満など多かれ少なかれ承知の上でこの作品を作り上げたに決まっている。ある設定を選択するということは、そうではない設定を代わりに捨てるというトレードオフの関係が必然的に要求される。その設定を選択することによって何らかの表現が可能になるのであれば、トレードオフのリスクを背負って作品を作る、それだけのことだ。ある側面から見て設定が理不尽に思えても代わりに何らかの可能性が表現として開けているのなら、設定を選択したことそれ自体を責めても仕方がない。ただし、その開けた可能性に読者が好意的な反応を返すかどうかは別の話だ。僕が本当に不満なのはその選択が基づくところのモチーフにあまり気乗りがしないということ、それからそのモチーフを肯定する視点にあえて立ってみたとしても結局のところ大した成果が上がっていないじゃないかという点にある。

近未来サバイバルSFとしてほころびだらけの設定を押してでも作者が採用したモチーフが何であるのかということは本書を一読すればだいたい想像がつく。人類存亡の危機という究極的な状況下で異なる思惑を抱いた子供たちが互いに協調したり、あるいは反目したりといった命懸けのドラマを描きたい、しかもその子供たちをなるべくカッコよく描きたい、そんなところだろう。大人の生存者がいたならば子供たちは大人たちの指示に従わざるをえなくなる、そして子供たちの活躍の場面を描きづらくなる、だから大人の生存者はいないことにしておきたい。さらに、生き残りの子供たちの生存環境を過酷なものとして設定したいが、かといって彼らを衰弱しきって痩せ細り、不潔なボロ切れをまとった弱弱しく醜い姿で描きたくはない、そういった判断が働いているんだろう。辛らつに聞こえるかもしれないが、所詮その程度の判断によるものだとしか思えない。ロボットが人びとを襲うならば地上ではあちこちに死体が転がっていていいはずなんだが、どういうわけかロボットの軍勢はあとに何も残さず片付けてしまうということになっている。この点についてひょっとして何か理由が用意されているのかもしれないが、今の時点では単に腐敗した死体のような醜いものを描きたくないといった作風の都合によるものだとしか思えない。その点、本書の表紙はとても象徴的だ。子供たちの恰好を見てほしい。生きるか死ぬかという究極的な条件下に置かれているにもかかわらず、ずいぶんとカジュアルな恰好をしているように見えないだろうか? 一人の少年はなぜ上半身裸の恰好で瓦礫が辺りに散らかっている危険な地表を駆けずり回っているんだろうか? 少女はなぜTシャツに半ズボンといった肌を露出させた姿でいるんだろうか? ほかに着るものがないほど物資が欠乏しているから仕方がないなどという言い訳は無効だ。もしそうならもっと着古してボロボロの状態でなければ不自然だ。そもそも彼らはなぜこんなに元気そうなのか?

それでもあえて主要な登場人物であるところの子供たちをカッコよくキレイに描きたいというモチーフに対して、僕はそれを何が何でも否定したいとは思わない。それが上手くいってさえいれば、代わりに犠牲にしたサバイバル的環境のずさんな設定にそれなりに目をつむってもいいくらいだ。ところが実際にはそれが大して成果を挙げてないじゃないかと言わざるをえない。サバイバル環境の設定の不備を忘れさせてくれるほどキャラクターの魅力で読ませるということもなく、大したドラマが待っているわけでもない。それにそもそもストーリーの背景や設定などキャラクターを規定するさまざま条件をおざなりにしたままキャラクターの魅力を発揮させるたぐいの試みは初めからハンデを背負っているようなものだ。そのことに触れる前に本作の主だった登場人物と彼らの関係について紹介しておこう。

本作の主人公はイアンという名の赤毛の少年。ひとたび思い込んだら聞く耳を持たない頑固な性格のようだ。父親についての記憶は定かでないほど幼い頃のことで、その不確かさがロボットをめぐるストーリーの謎にからんでいることを匂わせている。普通に考えれば彼の父親は死んでいておかしくないけれども今のところ生死は不明だ。彼のほかの家族についても消息は伏せられている。最も恰幅のいい少年がラスで上半身裸の少年がマルコ。この二人は集団のサバイバルの方針をめぐってたびたび意見を同じくする機会が多く、イアンに対しては批判的な態度が目に付く。エラは紅一点の少女でイアンの奇妙な言動に率直な異議を返しながらも立場の上では寄り添いつつ、理解すべく努めている。トリスタンは一癖ありそうなキャラクターで、イアンがラス&マルコのコンビと対立する関係において特にどちらに肩入れするわけでもない立場に終始している。八方美人というのではなく、立場を明確にしない優柔不断な性格というのでもなく、ほかの登場人物たちへのまっとうな批判を抱きながらも対立をことさら深刻化させることなく、あくまで生き残りを優先させているかのような少しシニカルなキャラクターだ。

筋立ては物資調達のために地上へ出た5人の子供たちと一体の巨大ロボットとの遭遇に始まり、このロボットへの対処をめぐる彼らの立場の違いを軸にすえて進んでいく。5人は物資調達の実務を担い、地下で避難生活を強いられている子供たち全員の命運を預かる重大な責任を負っているにもかかわらず、目的のために一致団結しているとは言いがたい。その危うさに拍車を掛けるのが不可解な挙動をする一体の巨大ロボットへの処遇になるんだけれども、5人はもともと脆い信頼関係でつながっていたと言っていい。

SAMと名づけられたそのロボットへの主人公イアンの傾倒は率直に言って度を越していて、ほかの子供たちの慎重でそっけない判断のほうがまともに思える。SAMがただの暴力的なロボットではなく、おそらく意志のようなものを備えた不思議な存在であることは、それこそ本題にからむ要点であることくらい読者の視点からは明らかだけれども、サバイバルの当事者である子供たちの視点からは知る由もない。はっきり描かれているのは初めての遭遇の際にSAMがイアンを撃ち殺さずに静止したということ、そして後日イアンとエラを救う形でほかのロボットを破壊したということだけだ。2回目の出来事は明らかに殺人ロボットの習性からすれば異常で、そののちイアンがSAMを味方につけたいと考えるのも無理はないと思える。しかし、それ以前の彼のSAMに対する傾倒振りには説得力が欠けているように感じられてならない。初めての遭遇の場面で実際に描かれた中身は立ち止まったイアンとSAMを至って客観的な視点から捉えたもので、特に含みのないさりげない一コマに映ってしまう。そのあとはSAMを狙ってバズーカを撃つラスを捉えるコマが入り、駆けつける仲間たちの描写に続いている。イアンがSAMに撃ち殺されずにすんだのはプログラムのバグじゃないかという仲間たちの推測はもっとも自然で素朴な反応だと思える。おそらく作者はこの最初の遭遇の際にイアンだけがSAMから感じ取ることの出来た何かを表現したかった、あるいははっきり表現せずともその何かを示唆したかったんじゃないかと思える。そして残念ながらそれが上手くいっていないというのが実際のところだ。

ラスとマルコのコンビが示す不遜な態度は人間関係のドラマをおもしろくするという点で期待したいところなんだけれども、これはまだ火種を抱えているといった程度にとどまっている。得体の知れない巨大ロボットに執心なイアンに対してふたりが反発するのはもっともなことで理解できるし、リーダーへの反旗をほのめかすような言動についても、望んだわけでもない長期の集団生活においてはいかにもありうべきことのように感じられる。ただし、どれだけ共感を呼ぶかという点では前述したサバイバル環境の設定の手ぬるさのせいで損をしている。つまり、イアンを助けるために使ったバズーカ砲の弾が一発無駄になったとラスが不平をこぼすとき、および集会で都市の外側へ遠征するアイデアが出されたときにマルコが激しく反論するとき、ふたりの感情の根っこには生きるか死ぬかのサバイバル環境があって、その過酷さを反映したものであることは必然だ。さんざん前述した通りその肝心のサバイバル環境の設定が適当であるため、彼らの感情の振り幅がぼやけてしまっている。同じことはイアンのSAMに対するこだわりについても言える。SAMという巨大ロボット一体をお供に連れているからといって地上を安全に移動できるとは限らない、それでももはやその可能性に賭けて地下の隠れ家を出る以外に生き延びる道はない! ……というような切迫した考えが説得力を持つほど彼らの地下生活が困窮しているようには僕の目には映らない。ときどき殺人ロボットたちの隙を見て略奪でもって物資の調達を続ければもうしばらくは大丈夫なんじゃないの?と揶揄したくなる。

Excerpt C
いかにもアニメ的な明るさの表現

絵については見ての通りアニメを連想させるスタイルで描かれている。ただ、いったい何がそう感じさせるのかということについて、アニメに疎い僕には本作のどこからどこまでがアニメ的なのかという仕分けは出来そうにない。それでも自分の実感を頼りに消去法で考えてみると、最もアニメ的と感じさせる部分は明暗の表現にあるんじゃないかということくらいは言えそうだ。本作は後半の地上における探索を描いたページよりも、前半の地下生活のほうがよりアニメ的であるように僕の目には映る。非常灯の薄明かりの下で子供たちがたむろしているような地下の場面でその印象が顕著で、まるでいわゆるフィルムブックかと見紛うほどだ。明暗といっても日中のくっきりした影と日向のように線による区分を伴う違いではなく、微妙な明暗の移り変わりによってコマの中に存在しない光源の位置が自然と見て取れるような、カラーならではの光の表現が作る明暗の違いだ。同じコマの中にあっても光源からの近さによって微妙に色合いを変化させている、その変化の度合いの正確さを僕はアニメ的と感じているんじゃないかという考えに至った。この正確さということは薄暗がりの中でも同様で、くすんだ闇に溶け込ませて一つにして処理してしまってもよさそうな背景が、思わず目を凝らしてページに顔を近づけたくなるほど丁寧にこまごまと、線だけではなく色によって描き分けられているのは目に心地よく感じられる。

少年たちがロボットに対抗したり、あるいは逃げ回ったりと何かにつけて激しい動きを描く場面において、作者はたびたびコマの奥の方に伸びた手足を細らせて描き、方向と勢いを感じさせる表現を多用している。カメラのレンズの違いによる効果を狙っているのはわかるけれども、誇張が過ぎて空気の抜け出した風船人形のように変に見えてしまう箇所もある。キャラクターデザインが決して写実的なスタイルでないことを差し引いても、手の指のような細かい部分はあまりおぼつかない。そのいっぽうで全身のポーズは総じてとても配慮が行き届いている。特にイアンが殺人ロボットの襲撃から逃れて地下を走り回る場面では、手足がばらけるかのように全身を駆使した描写がとても自然で躍動感にあふれている。人物のポーズで不自然に見えるのは、ヒロイン的なポジションのエラがたいしてその必然性がないような場面においてたびたび四つん這いになって描かれていることくらいだ。顔の造形については、なんといっても鼻をちゃんと描いていることに言及しないわけにはいかない。エラでさえ、かすかな隆起を表す陰影やただのちょろっとした曲線でもってごまかすようなことをしていない。これだけアニメっぽい絵柄でありながら鼻の穴まで確認することのできる潔さが気に入った。

話のすじは巻末において主人公の思惑と外れて意外な転回を見せ、謎を提示して解決を保留したまま次の巻へと続いている。やや醒めた気持ちでこの主人公の後を追って読み進めた僕のような読者でさえ否が応でも先の展開が気になって、したがってとりあえずいい締めくくり方にはなっていると言うべきだろう。僕がさんざん書き連ねた不満をいくらかでも解消してくれることを期待しつつ次巻の刊行を待ちたい。

Rating
6/10