kosame.org

国内外の漫画を読んでレビューを書くウェブログ

Prince Dickie

Prince Dickie par Pieter De Poortere
  • Prince Dickie
  • Auteur: Pieter De Poortere
  • Editeur: Glénat
  • Date de parution: Juin 2014
  • Format: 32cm x 24.2cm
  • Couverture : cartonnée
  • ISBN: 9782344001004
  • 56 pages
  • 15,50 €

レビュー

著者のサイトを参照した限りでは、これは Boerke という漫画のフランス語版で、著者はフラマン語を話すベルギー在住の漫画家ということのようだ。本書は原則的にセリフなしのスタイルで統一された1ページで完結するタイプのコミックを収録した作品集。素朴で簡略化された絵柄から受ける幼児向けの絵本のような温和な印象とは裏腹に、登場人物への理不尽で残酷な仕打ちをサラッと描いてのけるとぼけた作風がショッキングで、ふてぶてしささえ感じさせる漫画だ。

Excerpt A
読者が自然と肩入れしたくなるキャラクターを二転三転させる手の込んだ転換をやっていて、民話改変ものではこれが最も気に入っている

大半のコミックが白雪姫や赤頭巾などの民話、あるいはよく知られた歴史上の出来事に設定を借りて話が作られている。パロディーだとみなすことは出来るけれども、その多くは参照されている個別の民話や出来事への風刺が直接の目的ではなく、あくまで読者の意表をつくためのお膳立てとして使われている。主人公のディッキーはコミックごとに役柄を変えながらも時空を超えてあちこちの世界に顔を出す仮装した闖入者のような位置づけにある。

ディッキーは王子なんだけれども、この肩書きはあくまで初期設定に過ぎず、その地位や家柄などの特徴がその先ざきでネタとして活かされているわけではない。キャラクターデザインからは、頭の禿げた冴えない中年男だという設定が意図されていることは明らかだけれども、性格は必ずしも固定されていない。すなわち、衝動的な欲望に忠実で遠慮のない恥知らずな野蛮人のように振舞うコミックもあれば、人助けのような善行に取り組む姿が描かれるコミックもある。このことは一方では予測できないオチをもたらす一因になっていると言えるし、また他方ではキャラクターの設定が固まってなく曖昧だとも言える。同じことはもう一人の主人公とでも呼ぶべきヴィッキーにも当てはまる。見た目では絶えず純真無垢な少女のように描かれながらも、計画的で残忍な親族殺人に加担する赤頭巾を務めることもあれば、生きたまま海鳥に下半身を啄ばまれてしまう憐れな人魚姫の役柄に収まることもある。作者の関心は固有のキャラクターの掘り下げやアイデンティティの維持にはなく、あくまで読者の予期する展開から外れてオチをつけることにある。

Excerpt B
主人公格であろうと純真無垢な少女であろうと容赦ない仕打ちがお決まりのオチ

オチの多くは登場人物のいずれかが痛めつけられたり、殺されたりする残酷なもので、残りは下品な性的ユーモアに頼っている。僕はそういったユーモアがおもしろくないとは言わない。それなりに楽しんで読んだつもりだ。ただ、収録作のうち、誰も命を落とさず痛めつけられもせず、下ネタにも拠らない内容のものは、オチが凡庸なものがほとんどで物足りない。嫉妬や虚栄心をネタにした素朴な人間風刺をやってみたり、民話の世界に現代的な価値観を挿入して齟齬をもたらすナンセンスなユーモアをやってみたりといった程度にとどまっている。作者は必ずしも民話の世界にショッキングな描写を追加することばかりにこだわっているわけではなく、変わった試みも行っているが、残念ながらあまり上手くいっていない。例外的に傑作として挙げたいのは史実の出来事に題材を採った数少ないコミックだ。これらはもちろんすべて同じ作者による作品ではあるけれども、作者の考案したフィクションのキャラクターであるディッキーと実在の人類そのものとを対比する風刺のように読めてしまう。つまり、こんなことを言っては作者に失礼だけれども、ディッキーの所業より人類の歴史的事実のほうがもっと容赦なく残虐ではないかとみなす風刺のほうがほかのどの収録作よりもおもしろく感じられ、実際のところ僕好みのユーモアでもある。

Excerpt C
ヨーロッパから持ち込まれた病原菌によって滅ぼされる原住民という史実ネタ

キャラクターデザインは簡略化が極端で時折表情が読み取りづらくなってしまうのが難点。ディッキーの眼の下にある黒い帯状のものは口髭で、通常は口は描かれない。そのことを念頭に置いて読んでも、どうしても直感的に口に見えてしまうことがたびたびあって煩わしい。くっきり太い輪郭線や色数を抑えたカラーリング、簡素な背景などの特徴はまさに絵本さながらで読みやすく、セリフを用いないことの不便さを感じさせない。始めて読んだ当初は、たびたび見せ付けられるショッキングな描写についてこういった絵本のようなキャラクターデザインだからこそ衝撃が抑えられて読んでいられると思ったけれども、レビューを書いている今となってはちょっと見方が変わった。逆にこういった子供向けを意識させるキャラクターデザインだからこそ、ことさら描写が残酷でショッキングなものに感じられる部分が多いんだろうと思える。いずれにせよ本作はこの絵柄、このキャラクターデザインなしではほとんど魅力を失ってしまうに違いない。ありもしない仮定の話を強調しても仕方がないが、良くも悪くも絵柄に依存しすぎているところに評価の根拠が置かれる作品ということになるんじゃないだろうか。

Rating
7/10