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Obituary Man

Obituary Man by Philippe Girard: Cover
  • Obituary Man
  • Author: Philippe Girard
  • Publisher: Conundrum Press
  • Publishing Date: May 2013
  • Size: 21.6cm x 16.5cm
  • ISBN: 9781894994705
  • Format: Softcover
  • 84 pages
  • $15.00

レビュー

La Visite des morts の英訳版。新聞に掲載された死亡記事を頼りに次つぎと見知らぬ故人の葬式に飛び入りし、即興の追悼を捧げることによって自身の心の平穏を保つという自己満足に取り憑かれた男の数奇な宿命を描いた短編。そのような偽善的な振る舞いを繰り返せばどのような報いがあるかということは誰にでも予想のつくことだけれども、作者はもうひとひねり工夫を忍ばせることによって本作を単発のアイデアの奇抜さに依存した因果応報譚にとどめることなく、技巧的で意外性のある現代社会風刺を企図している。

主人公のモーリスは公務員でこれまでの15年間を問題なく勤め上げてきた平凡で平均的で目立った特徴のない男だとされている。このくどいくらいの「平凡」とか「普通」とかいう類の形容の羅列が逆説的にこの男の非凡な転身を仄めかしていると言える。非常に弁が立ち、機知に富んではいるが、よくよく考えれば信じがたいほど無神経で独善的であり、そらおそろしい人物だ。ただし、その独善性によってこそ、たとえ空虚で具体性を欠いていても賞賛を呼び起こす弔辞という儀式への風刺が可能になるわけなんだけれども。

この漫画は四つの章から成り立っていて、それぞれがまるで四コマ漫画の起承転結に対応するかのような内容を持っている。いくつもの話のすじが入り乱れるような複雑さはなく、ナレーションに導かれて一直線に進んでいく。したがって、話のすじ全体から見てそれぞれの章を部分としての役割に還元して理解することが容易だ。すなわち、第一章ではモーリスをのちの偽善的な奇行へと促す動機の醸成が描かれ、第二章では初めて葬式に飛び入りして成功を収めた一部始終が、第三章ではそのような奇行を繰り返した挙句の報い、並びにそれまで読者を欺いてきた秘密の暴露が、そして最後の第四章ではそれまでの話のすじの運びを引っくり返したうえでの総括が描かれている。

現実では赤の他人の葬式に紛れ込んで弔辞の文句を謳い上げるということは愉快犯による犯罪のようなもので、ただのイタズラにしかならない。スリルは味わえるかもしれないがリスクを考慮すれば誰もやろうとは思わないだろう。そこをなんとかして説得力のある動機を持たせようと作者が苦心して主人公を突き動かしたのが第一章だ。実はこのレビューの冒頭で僕が紹介した要約はほぼ第二章の内容に即したものでしかなく、残りの章を含めた全体については簡潔な要約が難しい。第三章では作品全体の根幹をなす秘密が読者に対して明かされるため、ネタばれを嫌うならばその部分を避けても済ませることの出来る表面的な出来事、つまりモーリスの大失敗についてしか言及できない。第四章に至っては誰が何をどうしたと正確に言ってしまうことそれ自体がネタばれにあたるため章全体の持つ意味を婉曲的に言い換えるしかないだろう。第一章については事情が異なるが、それでもやはり主人公をそそのかす内なる動機をじゅうぶんに説明するのは難しい。実際に読んでいる最中は話の流れについて決して不自然には思わなかったが、あとで自分で要約しようと思い返すと理路整然とした説明ができず困ってしまうという感じだ。それはつまり、ナレーションによる主人公の心理の叙述が巧みだということだろう。理屈からすれば常軌を逸した飛躍でしかないものが叙述をたどる上ではそうは感じられない。主人公の胸中に視点を置き、まるで息遣いのリズムまで反映するかのように刻一刻とたどられる生理的かつ心理的な変化が彼の論理的な判断にまで影響を及ぼすうえで、三人称の叙述によって客観性を保証されたかのように読めてしまうという点に説得力の根拠があるといっていいんじゃないかと思う。別の言い方をするならば、傍から見て主人公の振る舞いは狂気に駆られたものでしかないし、これはナレーション抜きには成立しない、良くも悪くもナレーションに依存した漫画ということでもある。

モーリスを奇行へと駆り立てる動機の遠因であり、論理的な飛躍をさせる踏み台であるところの背景的な下準備についてはかなり工夫が図られている。読者に対して初めてこの主人公が現れる冒頭においてどのような人物だと紹介しているかということ、そして彼の勤め先である職場がどんな様子かということについて選ばれた語彙が用いられ、認識の仕方そのものが主人公の発作的な挙動をお膳立てしている。モーリスが特に秀でたところのない平凡で目立たない人物であるということや、大衆に埋没する名前も顔も持たない存在であるということのくどいほどの強調が、かえって何か隠れた非凡な特徴の発露や個性的な活躍をほのめかし、期待させるものになっている。語彙においても同様で、平均的な人間であることを説明する上であえて He was invisible と言ってみたり、毎日疑問を感じることなく頑なに出勤を続けていることを ritual だと言ってみたり、物は言いようでことさらネガティブな印象を植え付けるものが選ばれている。職場の通路、および壁に仕切られた個室(cubicle)を識別するために付けられている大げさな桁の数字を伴う呼称をわざわざ言及することも遠回しな印象操作にほかならない。ひとりひとりの人間の具体性を捨象し、膨大な記号の差異の中に埋没させる象徴的な符号だ。そしてこういった一連の印象操作はかなり巧くいっていて、主人公の牽強付会や妄信に満ちた心情を後押しするうえで一役買っている。

Excerpt A
即興の弔辞で喝采を浴びるモーリス

このフィクションの中核をなすアイデア、すなわち見知らぬ他人の葬儀に飛び入りして弔辞を捧げた結果、その匿名性にもかかわらず拍手喝采でもって受け止められるという冷や汗ものの大成功については、それ自体が現実世界でどこにでもある慣習的な儀式というものへの風刺になっている。弔辞が生前の故人の具体的な行状に一切触れない抽象的な賛辞にすぎなくとも、遺族を中心とした聴衆のほうではいいように解釈して感動をもって受け止めてしまうという茶番は愉快だ。第二章はこの風刺を成立させるべく予定調和的に単純に話が進んでいく。もっと凝った物語だったならば、例えばモーリスによるそらぞらしい弔辞の文句に疑いの目を向け、このよそ者の正体と目的を暴こうとする登場人物をひとりまぎれ込ませておいてサスペンスを形作ることもできただろう。作者はそういった寄り道をせず、一直線に単純に話を進めていく。もっとも、そうするほかにない作品設定上の理由があるんだけれども。

第三章におけるモーリスの大失敗は、その部分だけに限定して言えば読者にとって想定内の出来事だ。予定調和的な展開の果てに当然訪れるべきものとして誰もが予期することの出来るしっぺ返しでしかない。ただし、この章ではこれまで伏せられていた秘密が読者に対して早々と明かされることによって単なる表面的な出来事がもたらす以上のおもしろさを読者に提供している。以降の読解を刺激的なものにしつつ、以前の話のすじを反芻せざるをえなくさせる仕掛けだ。この秘密というのはナレーションの仕組みに関わるアイデアであり、それ自体は決してこの著者が初めて創造したものではなく推理ものを中心としたジャンルにありふれたものだ。ただし、漫画ではどこにでもゴロゴロ転がっていてよく見かけるアイデアだとは言えないかもしれないが。

最後の第四章は前の章で明かされた秘密に基づいてそれまでの話のすじを再解釈してみせるとともに、一人の女性をモーリスに対置することによってはかないラブロマンスに仕立て上げている。この章はいちばん出来が悪く、僕にとって残念な結果に終わっている。理由の一つはこのロマンスに説得力が乏しく、物語が感動的なエンディングを迎えるために足早に付け加えられたもののように感じられて仕方がないという点だ。女性がモーリスとある意味でよく似た境遇であるということが彼女を主人公に引き寄せた根拠として説明されているが、実際に大人の男女が出会って結びつくには話の進め方があまりにも性急だ。恋に落ちるきっかけとしてはありえてもそれ以上の深い精神的な結びつきにはある程度の時間の経過が必要だろう。もう一つの理由はこの女性の倫理的な判断に疑問がつくという点だ。彼女は作品の中で特別な位置を占めていてモーリスが関わった葬式のほかの参列者とは異なり、彼の偽善的行為の内実を知っている。その反道徳的で自己満足に過ぎない行為を肯定的なものとしてとらえていることが僕の理解を超えている。別に僕は偽善者にロマンスはふさわしくないと断罪しているわけではない。偽善者であっても惚れてしまったからしょうがないじゃないのという理屈ではなく、偽善による自己安撫をおかしなことと受け止めず、まるで美徳であるかのように肯定しているとしか見えないことに不満がある。この女性がどれだけ奇異で不幸な境遇で育ったかを承知した上でも納得のいかないところだ。

この作品が漫画であることを意識するならば相対的に絵の占める役割は低いほうだ。ナレーションが話のすじの運びを主導しているとはいえ、ほとんどナレーションのテキストを補足的に説明する程度にとどまっている。前述したようにこの主人公は傍から見れば狂気に突き動かされたかのような衝動に襲われるんだけれども、内面では必死の苦悶が渦巻いている。その苦悶のニュアンスが絵のほうに、とくに表情にあまり反映されていないのがもったいない。また、作者はしばしば主人公を真上から見据える視点を用いているが、まるっきり遠近感のない押し潰されたような平面的な絵を描いてしまっている。荒っぽく塗りたくるような陰影を多用した情景や表情のスタイルは、主人公を奇行へと駆り立てる葛藤を描く上では効果的であっても、彼の偽の弔辞が拍手喝采を受ける場面においてはその高揚した雰囲気を押し殺してしまっている。擬音をまったく用いないことも良し悪しという感じだ。

結論としては、冠婚葬祭のようなセレモニーに付き物の大げさで空虚な絶賛に満ちた口舌をちゃかしてみせる主人公の奇行は現代社会風刺としておもしろいけれども、終盤のロマンスの部分は失敗しているということになる。ただ、初めて読む際にはナレーションの仕掛けによってかなりスリリングに読めて楽しめるだろうことには違いない。

Rating
8/10