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Our Valued Customers

Our Valued Customers: Conversations from the Comic Book Store by Tim Chamberlain: Cover
  • Our Valued Customers: Conversations from the Comic Book Store
  • Author: Tim Chamberlain
  • Publisher: Perigee Books
  • Publishing Date: July 2012
  • Size: 13.3cm x 18.5cm
  • ISBN: 9780399537523
  • Format: Softcover
  • 96 pages
  • $11.00

レビュー

著者がかつてコミックブックストアに勤めていたときの体験に基づいて、店を訪れた人びとの口から出たおもしろいコメントを取り上げたコミックの寄せ集め。一コマ漫画風ではあるけれども、視覚的な要素はほとんど情報の補足に過ぎず、あくまでネタの元になっている発言そのものにユーモアの大部分を依存している。ともあれ、ネタを提供する人びとは何らかの意味でネジが外れたような連中ばかりであり、コミック専門店へ足を運ぶことや、ひいてはコミックを読むことへの偏見が必ずしも根拠のない思い込みなどではないんじゃないかと推察せざるをえない説得力に満ちた本だ。

本書のコミックはすべてのページでスタイルが共通している。ネタとなる発言を囲むフキダシの横に人物を置き、上辺に状況説明のためのテキストをキャプションのように付け加え、ひとつのページにつき一コマでもってそれぞれのコミックを完結させている。発言者である人物とフキダシの位置が左右入れ替わることがあるくらいで、原則的に同じレイアウトを繰り返している。また、タイトルに Conversations と入っているが、会話と呼べるやりとりが成立しているのは収録作のうち一つしかない。ほかはどれも一方的に言い切る形の口上ばかりであり、あるいは会話の流れの中から抜粋されたものであっても、フキダシ一つに収まる一区切りの発言のみで成り立っている。こういった単調なスタイルがもたらすある種の退屈さや物足りなさは否定できず、収録されているネタのおもしろさに関わらず読者のテンションを抑制しているように感じられてならないのが残念なところだ。

Excerpt A
それはひどい

ネタを提供する顧客は老若男女問わず幅広い層に及んでいて、おかしな発言が飛び出す所以を狭く限定された社会的集団の気質のせいにするのは難しいように思える。つまり、それは学生だからだとか、親に付き添われて買い物をするような児童の世代だからだとか、あるいはいわゆるファンガールだからといったような還元は説得力に乏しい。身も蓋もないが、コミック専門店に足を運ぶ人間はことごとくおかしな連中ばかりなんじゃないかと思わせるほどに客層がバラエティに富んでいる。一般的に言って、客商売に携わる人たちは顧客にまつわる珍しくておもしろい体験談の一つや二つは語れても不思議じゃないだろう。しかし、このコミックで引用されているほどに数が多く、しかもまるで作り話のようにおもしろい発言を一人の店員が実際に耳にすることのできる職場環境というものは稀なんじゃないだろうか。

話題となるのは当然ながら個別のコミックやキャラクター、あるいは出版社やアーティストへの不満といったコミック読者ならではのものが多数を占める。しかし比較的によりおもしろいのはコミックに関係していながらも、話題がコミックそのものから離れて家族や友人とのプライベートな関係へ派生したり、または物の売り買いに関わる社会通念や一般常識に及ぶ類のものだ。好き嫌いは誰にでもあるもので、趣味の合わない作品や著者に対して不満をぶつけたくなるのは、程度の差こそあれ理解できる。しかし、コミック作品の出来不出来などとは無関係に、本人の歪んだ人間観や社会的関係のありかたが露出する一部の収録作にはちょっと衝撃的といってもいいくらいに驚かされる。発言に自惚れや独善的な性格が反映されているだけのものならまだしも、根本的にフィクションと現実の生活の境界があやふやになっている連中が何人もいるからだ。

Excerpt B
架空の古き良き時代への回帰を主張する人

キャラクターはそれぞれ異なった別の人物として描かれていて、確かにはっきりした描き分けがなされている。しかし、そばかすや垂れ下がったまぶた、出っ歯気味の不揃いな前歯など何度も使いまわしている顔のパーツから受ける印象は共通している。美男美女にはほど遠いやぼったい顔立ち、つばきを飛ばしながら息せき切って一方的に文句を言ってのけるあつかましさなど、まるで全員が同じ一族のように見える。例えて言うなら、ゲームのキャラクターメイキングで部分的に変更した顔のバリエーションをいくつも見せられているような感じだ。

本書のなかの絵の部分、すなわち人物の姿を描いた部分はあくまで発言者の性別と世代を補足的に説明するために用いられているに過ぎない。絵の部分を隠して読んだとしてもほとんどのネタが同じように楽しめるはずだ。例外的に絵として描かれている部分がユーモアに貢献していると言えるのは二つしかない。ひとつは店内に女性客がいることにケチをつけている男のネタで、彼が言うことにはコミックショップは生活の中で女性との遭遇を免れることの出来る聖域なんだそうだ。この客は頭が禿げ上がって口の周りに白い髭をたくわえた老人として描かれていて、あんたその年にもなってそんなこと言ってんのかよとツッコミを入れたくなるおかしさがある。もうひとつはMACという化粧品のブランドが出したワンダーウーマンをモチーフとしたラインアップにちなむネタ。「これワンダーウーマンと同じメークアップなのよ」と笑う彼女の顔のありさまは、この作者のキャラクターデザインにかかれば言わずもがなだ。その他のコミックはテキストによる情報だけで必要にして十分と言えるだろう。

結論として、本書のスタイルが漫画の定義の下限に近いもので、漫画としてもっと工夫できたんじゃないかということを残念に思わずにいられない。ネタをテキストとして一件一件のブログの記事として読んだとしても同等のおもしろさになっていただろう。客のこういう発言を耳にしたという事実だけにとどまるのではなく、例えばそういったおかしな客ばかりが集うコミックショップを舞台にしたコミックストリップのようなフィクション作品もやろうと思えば出来たんじゃないだろうか。素材は悪くないが調理の仕方がもったいない作品だ。

Excerpt C
ノーコメント
Rating
7/10