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The Accidental Salad

The Accidental Salad by Joe Decie: Cover
  • The Accidental Salad
  • Author: Joe Decie
  • Publisher: Blank Slate Books
  • Publishing Date: May 2011
  • Size: 28.6cm x 21.6cm
  • ISBN: 9781906653491
  • Format: Softcover
  • 40 pages
  • £5.99

レビュー

作者の日常生活の中の種々雑多な瞬間をコメンタリー風に仕立てた極短いコミックの寄せ集め。素朴でありふれたもののように見える光景がたびたび偏執狂的な空想でもって妙な方向へひねられて、表面的に穏やかな雰囲気の画風とは裏腹に意表を突くマニアックなユーモアに満ちた刺激的な漫画になっている。

Fantagraphicsから出ているイグナッツ・シリーズを読んだことのある読者ならば本書を手に取った瞬間にデジャヴュを感じるんじゃないだろうか。ページの大きさといい、紙の手触りといい、薄い本の割にダストジャケットがついている点といい、装丁のあらゆる面でとてもよく似ているからだ。実のところ、タイトルページの裏に同シリーズへの謝辞が記載されていて、直接にインスピレーションを受けたということを認めている。カバーのそでの部分には次のように書かれている。

Chalk Marks is Blank Slate's new line allowing a large format space for new UK comic artists to produce their first commercial works.

The Accidental Salad はこのチョーク・マークスというシリーズの第一弾ということになる。

本書の記載によれば、著者は学習障害のある子供たちに漫画の描き方を教えているそうだ。実際に漫画を教えている場面はお目にかかれないが、収録されているコミックから見て取れる限りでは技術的な指導の仕事にとどまるのではなく、一緒に街を歩いたり、他愛のない悪ふざけで笑わせてみたりといったように、子供たちとの親密なふれあいが日常生活の一部となっていることがうかがえる。社会的弱者への献身とでも言うべき職業柄からは善意に満ち溢れた生真面目な性格を予想する向きも多いかもしれないが、実はこの作者は、あるいは「作中の描写から想像される作者像は」と言い換えるべきかもしれないが、ともかくこの人はステレオタイプな予想とは異なって相当に風変わりな妄想癖の持ち主であり、また無害ないたずらを好み、アクションフィギュアやゲームに興じる子供っぽさを残した大人でもある。

作者は食べ物の嗜好やこだわりのある習慣など、ことあるごとに自分の好みについてたびたび表明している。ひょっとしたら声高に主張したいのかもしれないが、作風からうかがえるのは実際に広く他人に理解されることを期待せず、価値観を押し付ける気もないといった感じの謙虚な姿勢だ。彼の好みは、高尚でもなければことさら奇をてらっているわけでもなく、穏当でありふれたものにとどまっていると言えるかもしれない。しかし、好みの対象そのもののおかしさではなく、あくまで自分の好みへのこだわりを空想の世界で繰り広げてみせる想像力の奇抜さが売りとなっているところがポイントだ。

作者の習慣として描かれているものにちょっとした悪ふざけのようないたずらがある。これは埃をかぶったショーウィンドーに落書きをするといった他愛のないものから、知人の家に無断で侵入するような実際にやってしまえば犯罪になるものまで……したがって後者は空想の産物であって実在の著者がやっているわけではないんだけれども、そういったものまでいくつか挙げられている。これらはみな他人へ嫌がらせをすることが目的ではなく、あくまで作者の想像の世界での自己満足にとどまる密かな愉しみであり、無害ないたずらに留まっている。実際にやってしまえば犯罪になるいたずらなら無害ではないだろうと思うかもしれないが、それは実質的に被害のないものであり、誰も困りはしない些細な悪ふざけに過ぎない。そして何といっても、そのいたずらや悪ふざけそのものが客観的に見て面白いわけではなく、あくまでコミックとして描かれたものを読み、作者の心のつぶやきまで含めて理解した上で初めてユーモアが成立するということがポイントだ。したがってこれらは読んで面白いいたずらとでも言うべきものだ。

収録作品のうちでとりわけおもしろく、なおかつ作者の風変わりな想像力がおおいに発揮されているものは、通俗的な感傷や進歩的な理念など安直に飛びつきやすい志向性をことごとく回避しているという点で共通している。ありがちでわかりやすい対立軸を用意した上でごく自然な選択をするのかと思いきや、別の方向へ関心の置き所をずらすことによって意外なユーモアを生み出している。例えば、まず初めにヴィクトリア朝様式の建築物が改装によって取り壊されるのを惜しみ、失われゆく古いものへの追憶的なロマンチシズムに浸ると見せかけて、実は作者にとってもっと切実なのは無くしてしまった昔のアクションフィギュアの思い出だというようにオチをつける。同様に、日がなコンピューターの前で過ごす生活と大自然に囲まれた環境での生活、あるいは健康的な食事とジャンクフードなどといったようにわかりやすい対立軸を持ってきておきながら読者の安易な予想を裏切るオチをつけている。その際に笑いの対象となるのは対立軸のどちらでもなく、作者の趣味や志向のありかた、とくにその依存症的な性格だ。要するに作者自身が笑いの対象となっているため、例えばエコロジーや菜食主義など特定の思想や趣味を支持する立場になくとも楽しむことが出来るし、気分を害されることもない。

収録されているコミックがどれもみな先に説明した通り、作者の一風変わった想像力の産物となっているわけではない。ありふれた日常生活の出来事をそのまま描写したと思われるものもいくつかあって、そういう類のものは正直に言って面白くとも何ともない。例えば息子のあどけない振る舞いをとらえたスナップ写真の連続のようなコミックがあって、これは実の父親である著者にとっては積極的に描かずにいられなかったものなのかもしれないが、ただ単に読んで面白い漫画を求めてページをめくる読者の立場からすれば親バカにつきあわされているだけだ。もっとも、本書がもともとはウェブで公開されたコミックの寄せ集めという事情を考慮すれば仕方のないことかもしれない。純然たるフィクションの連載ならばともかく、日常生活から題材を拾ってそのときどきに更新していくスタイルのウェブコミックが半ば日誌的な性格を帯びるのはむしろ自然なことだろう。

登場人物の描き方にはところどころ写真を元に加工したんじゃないかと錯覚させる部分があって思わず目に留まる。よく見れば写真起こしでないことは明らかなんだけれども、凝視をうながす効果があって、別におもしろくないようなコマでもハッとして見入ってしまうことがたびたびある。何が原因となっているのか正確には説明できないけれども、顔の部分に施す陰影が関係していることは間違いない。顔を除いた人物の身体や、背景についてはまったくそのような錯覚を催すことがないからだ。もっと正確に言うと、これは人物を被写体とした実際の写真の陰影そのものではなく、何らかの加工を施した際に人物の顔に残ってしまうような陰影を想い起こさせる。つまり、被写体にとってはあまり見栄えのよくない、まるで皮膚病の痕を思わせるようなべったりとした濃淡のコントラストといったような感じの……これは写真やイラストの加工に慣れた人ならば的確に説明できることなんだろうけれども、その方面に疎い僕には漠然としたコメントしかできない。もうひとつ、顔のパーツをかたどる描線が、表情を伝える効果よりも明暗の強調を優先した取捨選択の仕方になっているということがあるのかもしれない。したがってこの手の写真を想わせるキャラクターの顔はどれもみな可愛らしさやかっこよさなど一般的に漫画でよくあるようなキャラクターから読者へ向けた俗なアピールが皆無で、ぎこちなくそっけない表情をしている。僕の説明の当否はともあれ、この作者の描く人物はラフで緻密さにかける輪郭線の割に、ちょっと写真の被写体を想わせる特徴があると言っておいて間違いはないだろう。

全般的な絵柄の面では作者の生活上の現実と空想の部分の境目をはっきり示すことなく連続的に描いていることが特徴で、これが独特のユーモアを成立させる前提になっている。初めて読む読者はこの作風を理解するまでちょっと戸惑うかもしれない。明らかに現実にはありえないことを描いているにもかかわらず、作者が地の文で淡々と自らの経験であるかのように語っているからだ。もし現実の部分と空想の部分とをはっきり区別して描いたならばどうなっていただろうか? 収録されているコミックが必ずしもすべて現実と空想を継ぎ目なくつないだものではない以上、完全にユーモアが失われて味気ないものになっていたとは言えないだろう。しかし、自分の空想を現実であるかのように読者へ向けて語るその語り口のトーンが常に落ち着いていてさりげないこと、そして絵柄の連続性とによって、まるで現実と空想の区別がつかない偏執狂の独白が客観性を偽装して読者を騙そうとしているかのようなスリルがこのコミックにはあって、それが失われてしまうのはやはり痛手だろう。

短いコミックの寄せ集めであるということ、そしていったん読者に信じ込ませた作者の生活現実のリアリティをたびたび引っくり返してみせるという作風のせいもあってか、40ページと決して長くはない紙幅の割にずいぶんとボリューム感がある。一般的に言って、インディペンデント系の漫画家が腐るほど世に送り出している日記的な漫画は、現実に起こりえてなおかつ著者自身が経験することのできる範囲に収まらざるをえないという制約に初めから縛られていると言える。そのいっぽう、この著者の作風は必ずしも現実生活において珍しく面白い体験をする必要がないという点で有利と言える。もっとも、純然たるフィクションの作品すべてについて同じことが言えるわけだけれども。しかしながら、あくまでごくありふれた都市生活者の立場、すなわち多くの読者と同じ立場に視点を置いてそこから喚起された空想にユーモアの根拠を求め、互いに独立した短いコミックを多数集めて一冊の本に仕立てるといったコンセプトは、単なるフィクションのストーリー漫画一本に比べれば下手な鉄砲数撃ちゃ当たる式に当たりの多い結果を生みやすいと言えるんじゃないだろうか。僕は本書を手に取るまで著者のことをまったく知らなかったけれども、この40ページで既にファンになってしまい、著者の次の作品集を待ち望んでいる状態だ。決して過大な期待はしていないけれども。

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7/10