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DFC Library: The Boss

DFC Library: The Boss: Cover
  • DFC Library: The Boss
  • Writer: John Aggs
  • Artist: Patrice Aggs
  • Publisher: David Fickling Books
  • Publishing Date: November 2011
  • Size: 21.5cm x 30.3cm
  • ISBN: 9780857560261
  • Format: Hardcover
  • 64 pages
  • £9.99

レビュー

David Fickling Booksはランダムハウスのインプリント。公式サイトの説明によればオックスフォードの小さな出版社だとか。本書のあらすじは、中世以来の由緒ある古城へ校外見学の目的で訪れた中学生たちが、偶然に察知した怪しげな男の不穏な計画を未然に防ぐべく「ボス」の指揮のもとに一致団結して探偵さながらの追跡をするというもの。悪党に悟られることなく悪巧みの計画を突き止め、なおかつ教師の目を盗んで表向きは古城の見学を装うという困難な問題に対して、当意即妙の判断で次つぎとピンチを切り抜けていく過程が見物のサスペンス。

子供ながらにスコットランドヤード顔負けの活躍をする主人公のクラス一同は、一見したところどこにでもいそうな中学生の集団に見える。彼らの多くにとって古城の見学はたいして関心をそそられるイベントではないようで、往路の道中で早くも一部の生徒からはあからさまな倦怠感がうかがえる。そんな雰囲気の中、ふと耳に入ったのが悪党の計画の一端であり、これは子供たちにとって古臭い歴史的建造物の散策よりもはるかにエキサイティングな出来事に聞こえたのかもしれない。しかし、自分たちだけで得体の知れない悪巧みを阻止するといった危険にあえて挑むに及んで、退屈だからというのは説得力のある理由にならないだろう。まして学校行事の時間割を変更することなく、そのあいだにという条件付きだ。僕にはなぜ生徒の誰も不平不満を抱くことなく、二兎を追うような面倒極まりない提案に同意したのか不思議でしょうがなかった。ひょっとしたらこの生徒たちの通っているのはかなりの名門で、裕福な家庭の子女を対象とした学校だということが傍証的な背景としてあるのかもしれない。つまり、目的に向かって皆が協力しあうという優等生的な姿勢や、事態を仕切ろうとする人間に対して変に意地悪く邪魔をしたりしないという素直さの背景には、彼らの育ちの良さということがあるのかもしれない。イギリス人の読者ならば彼らの着ている制服や顔立ち、立ち居振る舞いなどを見てその辺りの見当がつくのかもしれないが、事情に疎い僕にはよくわからないところだ。

ちょっと横道にそれるけれども、生徒たちが着ているブレザーとイギリス人ということで思いあたる漫画がひとつある。マンチェスター在住の漫画家ジョン・アリソンの Bad Machinery というウェブコミックがそれで、主な登場人物のひとりであるショーナという女の子は、ブレザーを着る必要のある学校へ通う家族の中で最初の人物だというような説明がされている。この子は家族のことが著者の前作の Scary Go Round の終盤で露骨に描写されていて、いろいろ騒動があったんだけれども、簡潔に言ってしまうと貧乏でガラの悪い家族のなかで育ったということだ。日本では学校の制服がブレザーか、そうでないかということは着る本人の好みを除けば特に社会的に意味を持つような違いはないけれども、イギリスでは「ブレザー」というだけで伝わるニュアンスがあるということなんだろう。

当初、彼らがつかんでいたのは昼食時に同じ食堂で飯を食っていた男が、どうやら古城で何か悪さをしようとしているということと、そいつが捨てた古城の観光案内と思われるチラシの切れ端に過ぎなかった。そこからスタートしてまず計画が強盗であることを割り出し、さらにその具体的な手口を突き止め、犯行後の逃走方法を解明するにまで至っている。なぜ子供たちだけでそんなことが可能なのかという疑問に対して、作者は犯行現場の環境や、現代っ子のライフスタイルにまで浸透したテクノロジーの威力など説得力のある設定でもって答えている。

この生徒たちが悪党に気づかれることなくその足取りを隈なくつかむことが出来たのは、何よりもまず古城が遺跡でありながら観光地化されていて多くの訪問客でごった返しているという事情が挙げられる。人ごみの中に紛れればそこからさりげなく周囲へ向けた視線も目立たない。同じように歴史的遺物を擁する施設であっても、例えば博物館のように静かで人の流れの穏やかな場所だったならばこうはいかないだろう。そして、生徒たちにとって最大の武器となるのが携帯電話だ。城の中庭に散らばった彼らが携帯片手に常に連絡を取り合うことで尾行の人数を最低限に抑え、監視の眼の死角をなくし、情報をリアルタイムに共有し、さらに写真を撮ることまで出来てしまう。制服を来た生徒が携帯に掛かりっきりになっている姿はもはやどこでも見慣れた光景であって、たとえ多少落ち着かなさげであっても怪しむ者などいるはずもない。イギリスの古城であっても同様ということだ。彼らの目的にとってこれ以上便利な道具はないだろうし、そもそもこれがないと話にならない。

生徒たちの活躍を可能にしたいくつもの条件のうち、犯行の現実性から考えて多かれ少なかれ不自然であり、主役である生徒たちに有利に仕組まれ過ぎていると思えるのは、悪党の軽率な挙動だ。そもそも生徒たちが計画を嗅ぎ付けたのは、公共の場で周囲に聞こえる声で犯行の打ち合わせが行われていたからであり、用心深いひそひそ話だったならば計画が露見することはありえなかった。もっとも、悪党たちもそれなりに言葉は選んでいてあからさまに「盗む」とは言っていないし、また通りすがりの子供たちの耳に入ったところで計画の障害になるとは思いもよらなかっただろうとは推測される。しかしながら、それにもまして不自然に思えるのは、子供たちの活躍を成立させるための唯一の物的証拠である観光案内のチラシを犯行前に捨てているという点だ。実行犯にとって強盗の対象となる物品はよく知っていて見慣れたものなどではなく、したがってチラシは少なくとも犯行の直前まで手元に置いとくのが自然だったはずだ。これ以外の悪党の不手際、すなわち軽率な行動や杜撰な犯行計画などについては、ある程度には擁護することのできる根拠がある。それは実行犯があくまで強盗計画の下請けということだ。頼まれた目的を達成して現場から逃げおおせることが出来さえすれば、それ以外の要素はどうでもいいと考えているのかもしれない。そうであるならば犯行の手際の良さや計画の機密性などに無頓着なことも納得がいく。また、この手の組織的な悪事には付き物の裏切りを読者は予見すべきなのかもしれない。目当ての物を奪取した暁には黒幕は高飛びして行方をくらまし、実行犯は切り捨てられてお縄となるといったような……。したがって悪党のお粗末な設定は、下っ端などこんなもんだとして看過すべきなのかもしれない。しかし、そういった点を踏まえても、やはりチラシを捨てた件については筋立ての都合を優先しすぎた不自然な行動だと結論付けずにはいられない。

事前に悪党がヒントをばらまくかのような、犯罪物としての下準備のお粗末さはあるにせよ、生徒たちが古城に到着して実際に秘密裏の追跡を始め、強盗の決定的瞬間を押さえるまでに至る本編の大部分については、僕は子供たちだけの活躍がかなりの程度で実際に再現可能であるということに驚かずにはいられなかった。彼らの活躍の最大の要因は、観光地としての遺跡が舞台となっていることであり、これは具体的には危険を冒してまで盗むだけの貴重な価値を持つ物があり、なおかつ中学生が校外見学で訪れる類の教育的な目的を満たす場所であり、そしてほかの観光目当ての訪問者も多数押し寄せる場所であるという条件が重なっている。強盗という犯罪の現場としては特殊で、あえて選び抜かれたもののように見えるかもしれないが、しかし現実世界において決して例外的ではなく、ありふれた環境だと言えるだろう。少なくとも、それなりに古い歴史を持っていて、遺跡の保存よりも訪問客をさばいて収益を上げることが優先されていて、官僚主義的に適当なセキュリティでもって管理されている観光地があるような国においては……要するにどこの国であっても決して珍しい環境ではないと言えるだろう。犯行の舞台が、主役である生徒たちにとって有利に働くだけではなく、現実世界に照らし合わせても決してわざとらしく仕組まれたものではないといった特徴を挙げると、いかにも作り物としてのフィクションらしいずいぶんと都合のいい好条件がそろっているように聞こえるかもしれない。しかし、これは設定の両義性ということを考えれば別に不自然でもなんでもないだろう。犯行の場所が観光地化されていて人でごった返しているということは、悪党にとっても現場で目立ちにくいということであり、また犯行後には群衆にまぎれて逃げ出しやすいという利点でもある。悪党は子供たちが手柄を立てやすい場所をわざわざ選んでいるわけではないということだ。

前述したように大それた犯罪にのぞむわりに悪党がそそっかしいということを除けば、この作品の登場人物はほぼどこにでもいそうな現実味のあるキャラクターで占められている。例外は主人公を務める天才少年のボスだけれども、このことは天才少年を主人公にして物語を作るという作者の根本的な選択によるものなので受け入れるほかない。つまり、こんな冷静沈着で頭の働く中学生がいるかとケチをつけてみても意味がないだろう。また実際のところ、リーダーシップを発揮して問題を解決した経験が豊富で、探偵のような仕事に興味を持っている早熟な子供ならば、この主人公くらいの才気走った言動は許容範囲と言えるだろう。少なくともフィクションであることが前提ならば。僕が不満を覚えるのは、この天才的な主人公を、別に天才でもなんでもない周囲の子供たちがどのように受け入れているかという態度のほうだ。校外見学を実質的にないがしろにして危険な悪党に挑むという主人公の賭けに生徒の皆が賛同してしまうというのが不思議だ。古城の散策が退屈だというのならば、現場で適当に飲み食いしながら時間をつぶせばいいだけのことじゃないだろうか。わざわざ面倒なことに首を突っ込む必要があるだろうか? 生徒の誰一人としてボスの提案に異を唱えないばかりか、陰口的な反発さえ聞かれない。ボスの独断で決定した役割分担については、自分の受け持ちに納得のいかない生徒が一人いて即座に不満をぶつけたけれども、それはその場限りのことで、その後は誰一人としてボスの指揮に逆らうものはいない。物語を最後までたどってみれば、なるほどこのボスのような天才の指揮に任せて皆が一致団結して協力するならば大抵のトラブルは解決できてしまうと、生徒たちが信じるのも無理はないとわかる。しかし、ボスの指揮の下で犯罪を防ぐことが出来るかどうかという判断と、自分が実際に駒の一つとなって働いてみるかどうかという判断は別物だろう。生徒たちはあまりにもボスに従順過ぎる。そのいっぽうで、この作品は登場人物の多さで読者を混乱させることなくスムーズに話の筋をたどらせることにおいてはかなり上手くやっている。ボスのほかに生徒は十数人ほど名前付きで登場するが、それぞれの名前を記憶しようとことさら意識せずとも問題ない。城の中庭に散らばった生徒たちが携帯で連絡を取り合う際に彼らの名前がたびたび呼ばれるけれども、多くはその生徒に割り振られた仕事の内容をコンテクストにして会話がなされるため、実際のところ登場人物の名前など覚えなくとも読み進めるのに苦労はしない。以上の二つの意味で、この作品の登場人物の導入の仕方は半ば成功で半ば失敗といったところだ。

ボスとほかの生徒たちがどれだけ犯人について証拠を集めたところで、結局のところはただの子供に過ぎず、逮捕する権限もその能力もあるはずがない。どこかで警察の出番を期待しなければならなくなるわけなんだけれども、この問題についてのボスの判断の仕方が僕の気に入っている数少ない部分だ。怪しげな男が古城で何か悪いことをたくらんでいるらしいなどと警察に訴えてみたところで、会話を録音したわけでもないので、まともに相手にされないだろう。彼らの教師に相談しても同じことだ。根拠の不確かな子供の言い分を大人たちがどうあしらおうとするかということをよく承知している。また、数に物を言わせて悪党を現行犯で取り押さえようと考えないのもいいところだ。ボスは子供離れしたヒロイックな活躍をしたいなどと夢見ることなく、危険を冒すことにロマンを感じるわけでもなく、決定的瞬間は警察の手にゆだねることを当初から想定していた。この犯人および警察との距離の取り方は、あくまで子供として出来る範囲のことをするという分をわきまえた判断に基づくものであり、その地に足の着いた現実性が僕の気に入っているところだ。この古城での強盗を捕らえるのにスーパーヒーローは必要なく、スーパーヒーローの真似事をするような蛮勇も必要ない。地味だが確実に証拠を集めて後は警察に任せればいいという、献身的だが誇示することのない、言わば必要最低限の活躍とでもいった感じにとどまっているのが好感を覚える。

筋立ては序盤において、ごく普通の中学生たちがまるで校外見学と犯人追跡をかけもちでやるために存在しているかのごとき唐突な展開にやや置いてきぼりを喰らわせる感じがあるけれども、古城で実際に追跡の過程に入ってからはそんな懸念を忘れさせるほどにおもしろい。特に司令塔のボスも想定していないハプニングが生じた際に個々の役割を担った生徒たちがどう対処するかという問題に対して、天才でもなんでもない彼らが子供らしい感性と機知でもって切り抜けていく手際は鮮やかだ。また、終盤は場面の切り替わりのあいだに時間を経過させたりすることなく一直線に話が進み、しかも作品世界の中で出来事の展開の速さと、僕がページを読み進めていく速さとがかなり近い感じになっているので、まるでリアルタイムに起こっている出来事を体験しているかのような興奮を味わった。

絵については、人物のポーズとコマ割りについては日本の読みやすいタイプの漫画と比べても遜色がないように感じられた。具体的にどうこう説明は出来ないが。フダキシはどのコマを見ても、それ専用の定規でも当てて描いてるんじゃないかと思えるような決まりきった楕円形で統一されているけれども、コマの中の時間の経過に逆らって大量のテキストを詰め込んだりすることなく抑えられている。不満な点は、まず人物をかたどる描線が常に同じ感じでよれよれとしていて、感情の起伏やその場のテンションに合わせて強弱をつけるということをしないため、ここぞという場面で何だか力が抜けたように目に映ってしまうということがある。それから目の描き方のスタイルを場面によって使い分けるという、その使い分けに統一感がないということもある。力強い意志を示す目つきを描けないわけじゃないんだが、なぜかモブキャラのようにゴマのような形のシンプルな目で済ましてしまうことが幾度もあって興ざめさせられてしまう。要するに目力がない。

僕は当初この漫画を読み進めている際、そして読み終わった直後も、これは年に一冊出会えるかどうかというくらいの傑作なんじゃないかと感じていたんだけれども、レビューを書くために読み直したり、細部を考えたりしているうちにいろいろ粗が見えてきてしまい、結局のところそこまで持ち上げる気にはなれないということになってしまった。それでも、短篇の傑作のひとつだという評価には変わりない。

Rating
8/10