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Pinocchio

Pinocchio by Winshluss: Cover
  • Pinocchio
  • Author: Winshluss
  • Publisher: Last Gasp
  • Release: April 2011
  • Size: 21.5cm x 29.7cm
  • ISBN: 9780867197518
  • Format: Hardcover
  • 192 pages
  • $29.95

レビュー

英訳版。原語が何かはどこにも記載されてないが、出版社のページで紹介されている著者の略歴を読んだ限りでは多分フランス語なんだろう。ヴィンシュルスはヴァンサン・パロノーのペンネームで、ペルセポリスのアニメ映画版の監督を共同で務めた人物とのこと。本作は古典童話に部分的に依拠しながらも、まったくの別物に生まれ変わった作品。荒唐無稽な理屈でもってピノキオが巻き込まれていく奇想天外な冒険の跡をたどる物語。

主人公は木から削り出した人形ではなく、発明家のゼペットじいさんが軍事兵器を目的として造ったロボット。作中にこのロボットの名前が「ピノキオ」であることを示す箇所はどこにもなく、じいさん手製の設計図のなかでは単に Super Robot とだけ書かれている。とは言っても、タイトルがピノキオであり、童話のピノキオをモデルにしたキャラクターであることは自明のことなので、このレビューでは普通にピノキオと呼ばせてもらうことにする。

ピノキオは小型の体ながら大量殺戮兵器として通用する火力を備えていて、およそ破壊不可能と思えるほど頑丈に造られている。さらに動物か昆虫並みのおぼろげな知覚と、簡単な命令に従うことの出来る程度の素朴な知能をも持ち合わせている。そのいっぽうで、善悪を判断する理性や、恐怖や嫌悪を感じる感情はない。何も命令されなければひたすらあてどもなくテクテクと歩き回る以外に自発的にはほぼ何もしない鉄の塊だ。兵器として優秀であることや、命令に従順であるという特徴はさまざまな他者の欲望を引き出す根拠となり、この物語が結果的に登場人物の多くを自業自得ともいうべき破滅的な運命へと至らせる歯車の一輪となっている。また、銃撃を受けようが、深い海に沈められようが、高い空から落とされようがびくともしない頑強な造りのおかげで人間の身体的な限界を超えた冒険が可能となる。ありふれた物語の主人公には到底務まるはずのない千変万化の苛酷な条件を凌ぎ、さまざまな自然環境や社会の階層を見聞する視点の役目を果している。

愚鈍な鉄人とでもいうべきピノキオのアンバランスな設定は奇想天外な物語を組み立てる上で大いに役立ついっぽうで、話の筋の物足りなさの一因にもなっている。主人公に意思も感情もないということは通常のよくあるタイプの物語を作りにくくさせている要因でもある。実際、この物語には要所要所に結節点があって最後に結論を置くような一貫した話の筋(プロット)はない。一貫した話の筋がないというと語弊があるかもしれない。物語が断片的なエピソードの連続から成り立っていて、どこか一つを読み飛ばしても話が通じるとか、そういうことを言いたいわけではない。たとえ荒唐無稽なものであれ、この物語の全体は何らかの因果関係でつながれていて同じ時系列に載っている。しかし、通常の物語(ストーリー)の話の筋(プロット)というものは、ただそれだけのものを指さないだろう。別にこの二分法がすべてだなどと言うつもりはないが、普通は出来事(イベント)の積み重ねでもって話の筋を形作るか、キャラクターを追いつづけることで話の筋を形作るか、そのどちらかだ。この物語の登場人物は比較的にまともな結末を迎える例外もあるけれども、たいていは悲惨な最期に至っている。そしてそれらの出来事はキャラクターに媒介されることで因果関係を結んではいても、全体として個別の出来事の寄せ集め以上の意味を生んでいるわけではない。イベントというよりもただのアクシデントだ。積み重ねたのは出来事ではなく、登場人物の死体の山くらいだろう。いっぽう、キャラクターを中心にした話の筋の場合ではキャラクターが、とくに主人公がどんなことを行い、どんなことを考えるかということが問題になるけれども、この物語の主人公は意思も感情も持たず、愚かな人間の振る舞いを嫌悪することも、風刺することもない。痛みすら感じないので読者はピノキオがどんな酷い目に合わされても何の感慨もない。人間が強欲で利己的であるという描写の深度は序盤においても終盤においても違いはない。ただ、登場人物の犠牲者の数が変わるだけだ。主人公に意思があって、物を感じたり、考えたりすることが出来たならば、そしてそれが深化していくならばこういったことは問題にならず、主人公の内面そのものが一貫した話の筋を作ることができただろう。また、一貫した話の筋を持たないタイプの物語では、物語を終わらせるために主人公を殺してしまう以外に選択の余地がないように思えるものもある。この作品において作者はそんな安直な選択肢に飛びついてはいないけれども、どう考えても突然で恣意的な終わり方じゃないだろうか。この物語の結末を好意的に見るかどうかは読者それぞれに違いないが、ここで結末に至るということの説得力に溢れているとはお世辞にも言えないだろう。作者はいつでも続篇を描こうと思えば描けるだろうし、生き残った登場人物を殺すエピソードを追加しようと思えば容易なことだろう。一貫した話の筋に欠けるから、結末についてこのように感じざるを得ない。

およそ主人公らしくないピノキオとは対照的に人間的な短所や葛藤を持ち、物語の構成の上で特別扱いを受けているのがジミニーだ。ジミニーはピノキオの頭の中に勝手に潜り込んで住み着いたゴキブリで、その生活の様子は外界の世界を描く本編とは基本的に独立している。ストーリー漫画の連載のあいだに挿まれたサブキャラクターのサイドストーリーを描く連作短篇のようなもので、裏主人公といってもいいほど強烈な存在感を放っている。本編の大部分がセリフもナレーションもなく、表現の上ではストイックなサイレント漫画のように作られているのに対して、ジミニーはとても饒舌で直情的に描かれている。例えば、本編においては島の小国の財政が逼迫していることを表すのに右肩下がりのグラフや抱えきれないほどの書類の束などを用いたり、権威を誇示する高慢な支配者を表すのに肖像画を用いたりといったふうに象徴を効果的に使っている。また、往来に捨てられたタバコの煙のうねりが刑事の疑念を思わせるというようなメタファーも使われている。いっぽう、ジミニーの話ではこういった遠まわしな表現をする余地はなく、即物的であり、直接的だ。

ジミニーが破格の待遇のもとでたびたび登場しては自堕落な生活ぶりを披露することのしつこさについて、僕はあまり必要性を感じない。あまりにも冗長過ぎるし、それこそ部分的に端折って読んでも作品全体の理解にとって何ら差し支えないからだ。ただ、ジミニーには時折ピノキオの頭の中の回路をいじくって異状を来たすという物語上の役目があり、ピノキオの挙動をめぐって外界で繰り広げられる人の生き死にのかかった深刻さと、うだつのあがらない中年ゴキブリのしょうもなさとの対照が愉快だということは言える。ジミニー自身の生活や回想などは別にどうということもないが、外の世界と接触する場面にほかのキャラクターでは代えの利かないユーモアがある。また、ジミニーのエピソードに見られる一部の俗悪な描写は僕にとってちょっと意外なもので驚いた。ジミニーの住みかを訪問した宗教の勧誘員とのやりとりがそれで、これはその下ネタの安直さといい、大げさで反射的に高ぶる感情の起伏といい、日本の青年誌に載ってそうな一部の下品なギャグ漫画と何も変わらない。異文化に触れているという感覚をまったく感じさせない珍しい経験だった。

物語は要所において荒唐無稽な仕掛けでもって出来事を組み立てることにより成り立っている。この荒唐無稽ということは、おとぎ話のように他愛なく、たいして必要性の感じられない描写に紛れて時折読者を驚かせる仕掛けを用意している。例えば、動物が人のように振舞ったり、首をはねられた人間がしばらく辺りを駆け回ってから絶命したりといったような描写や、そもそもキャラクターデザインからしておよそ人間離れした者がたくさんいるといったことは、別にどうでもいいことだと言える。しかし、荒唐無稽ということの利点が際立っているのは、本来出会うはずのないキャラクターを強引に組み合わせるための方便として使われている点だ。リアリズムにこだわっていてはなしえない、荒唐無稽な物語ならではの人びとの数奇な運命がこの物語の真骨頂で、それを可能にさせているアイデアがこの作品の最も優れた部分だと言っていいだろうと思う。

作中には古今東西からいろいろなネタが織り交ぜられていてニヤリとさせられる。原作のピノキオは言うに及ばず、白雪姫やハーメルンの笛吹き男、タイタニック号の悲劇、果ては狂信的テロリストが犯行前に自らのビデオを撮影して公開するといった近年の国際ニュースまで含まれている。ほかに僕が知らないような細かいネタがいくつもあるに違いない。

物語の舞台は歴史上の一時代をモデルとしたものではなく、かなり幅のある時代のなかから話の種になる要素を寄せ集めた設定になっている。子供が工場で奴隷のようにこき使われている労働環境からは資本主義の黎明期のように思えるが、いっぽうで家庭にカラーテレビが普及しているといった明らかに戦後を示す特徴も見られる。登場人物の一人である小さな島の国王は装いが明らかに前時代的なもので、しかも権威誇示のために肖像画を描かせている。現代では発展途上国の独裁者にしかあてはまらないようなカリカチュア的光景をあえて作者は選んでいる。このように時代設定が緩くて曖昧なのは、この作品で徹底して描かれるありとあらゆる悪徳や虚栄、強欲など人間の負の側面を効果的に取り扱う上で都合がいいんだろう。劣悪な治安や社会福祉の欠如が悪行を野放しにする程度には前近代的で、個人が金や社会的地位に物を言わせて強欲をほしいままにすることの出来る力を持つ程度には近代的であるという幅のある古風な時代背景が物語を作る上で有利に働いている。

作画のスタイルはさまざまに使い分けられていて、普通は同じ一冊の漫画のなかで目にすることのないものが混在している。ただし、極端なコラージュ作品のようなメタフィクション的な性格はなく、こんな絵柄だって描けるんだぞといったようなひけらかしは微塵もない。キャラクターの特徴に応じて、あるいは挿絵のように使われる一枚絵など構成上の違いに応じて使い分けられている。

本作は同名の古典童話の現代的な焼き直しを期待して読むとげんなりさせられるだけだろう。しかし、童話というものの持つ荒唐無稽な要素を増幅することによって、いつの世も変わらない人間の業のバリエーションを目まぐるしい話の展開の内に詰め込んでみせたと納得できるならば、かなり楽しめる一冊と言えるんじゃないだろうか。

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8/10