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Blindspot

Blindspot: Cover
  • Blindspot
  • Author: Kevin C. Pyle
  • Publisher: Henry Holt
  • Release: April 2007
  • Size: 21.7cm x 27.8cm
  • ISBN: 9780805079982
  • Format: Softcover
  • 96 pages
  • $13.95

レビュー

少年が友人たちと野放図に遊び耽った日々を、のちの少し成長した視点から自叙伝風に回顧する物語。いわゆる Coming-of-Age もの。現実認識に良くも悪くも影響を及ぼす想像力の持つ問題を題材に、学校教育を外れた自然の中で子供が自ら学ぶ貴重な体験を描いている。

主人公のディーンは空想癖の強い少年で、兵士になりきって友達と遊ぶ戦争ごっこに日々明け暮れている。ディーンの家は自然豊かな郊外にあって、森や川や鉄橋など遊び場に事欠かない。こういった基本的な設定は子供の健全な発育という観点からは好ましいものであるように思えるけれども、実は両義的で単純に良しとは言えない。豊かな想像力は結構なことに違いないけれども、ディーンの空想癖は度を越していて、ほとんど現実逃避に近い。彼は遊んでいる最中に目に映るすべてのものを戦争物のコミックの一場面であるかのように置き換えてしまうため、ことと次第によっては致命的な結果を招きかねない。具体的な遊びの中身が決して危険ではない他愛のないものであっても、戦場の兵士と重ねて描くことによってディーンの興奮や楽しさを表すと同時に、空想の延長が実際の殺人につながりかねないという危険を常に伴なわせている。こういった設定の両義性が主人公の特徴なんだけれども、このことは現実逃避的な空想癖というものへの一般的なイメージからはちょっとリアリティに欠けるように感じられるかもしれない。現実逃避というと、部屋に閉じこもって自分の空想の世界に浸るといったイメージが普通で、この主人公のように活発に自然の中に身を置いて他者と交わりながらも独自の空想の世界を固持するというのは実際には難しいことと考えるのが自然だろう。この問題はいかにも漫画的な表現の仕方でもって解決されている。ところどころのコマでは、往年の戦争物のコミックを模した絵柄に変換し、登場人物をすべて戦場の敵味方の兵士に置き換えた形で描かれている。セリフだけはディーンたちの戦争ごっこでも戦争物のコミックでも通用する言い回しを選択することによって不思議な整合性が保たれている。

空想癖が度を越してはいるものの、ディーンは決して愚鈍でも乱暴な性格でもないので本当に危険なことの判断がつかないわけではない。彼独りならば羽目を外しすぎることはなさそうなんだけれども、ここにいかにも子供らしい人間関係が絡んでくる。仲間内で臆病者扱いされたくないという強がりや見栄が介入してきて、社会的にあるいは人道的に超えてはならない一線を超えてしまう危険を孕むことになる。こういうどこの世界、どこの時代にもありえそうな同調圧力のもとに置かれているということが、一風変わった気質の主人公に読者の共感を引き寄せる要因であり、いつか致命的な失敗を仕出かすんじゃないかと絶えず読者の気を揉ませる緊張の根拠にもなっている。

主人公の頭の中の空想を除けば、描かれている出来事はすべて現実に起こりうるものであり、なおかつその多くは遊び盛りの子供たちにとってありふれたものだと言える。この本のどこにもノンフィクションだとか自叙伝だとかとは書かれていないが、どうも著者自身の子供時代の体験をもとに描かれているように思えてならない。ひとつ挙げたいのは、主人公の両親の考え方だ。ディーンが学校の授業中に注意散漫な態度を咎められ、校長室へ呼ばれたり、家庭訪問を喰らったりしていることに対して、両親はずいぶんと寛容な応対に終始している。これが意外なところだ。外で遊んでいるときにいつか人を死なせてしまいかねない、あるいは自分の命を落としかねないという危険に置かれている主人公が、さらに学校でも家庭でも居場所を無くして精神的にも空間的にも追い詰められていって、その先で何か失敗をやらかするというような話の筋のほうがありがちに思えるからだ。やけに自分の子供をかばう親の存在が、筋立ての効率よりもリアリティに寄っているように思え、この両親が著者の両親をモデルにしているんじゃないかと思えてならない所以だ。

筋立ては、戦争ごっこに巻き込まれた他者からその報いを受けることによって主人公が自分と他者との関係について自覚を促される結末へと至っている。簡潔に説明してしまうといかにも児童向けに教訓を垂れることが目的の読み物のように聞こえるかもしれないが、そんな単純な話ではない。主人公は自然の中に身を置いた自分を自然の側から見つめる視点に気づくことによって、自分を客観的に見ることを知り、さらに苦境にある他者を助けるために必要な条件というものを知る。自然を介した人間と想像力との関係ということが重要なポイントになっている。自然について学ぶのではなく、自然から学ぶということなんだけれども、この点の解釈は読者によって異なるのかもしれない。自然観とでもいうものに拠るのかもしれない。これはシュールレアリスムの作品ではないので、別に意思を持った自然が言葉でもって人間に教えを説くというような内容ではない。自然はあくまできっかけに過ぎず、主人公が独りで大切なことにきづいた話だと解釈する読者もいるだろう。しかし、学校で教わる知識とは違って、この主人公の体験は根源的で一生忘れ得ないものに違いない。自然とはそういう強い影響力をもって人間に作用するものだというのが僕の自然観でもあるので、この主人公の学び方を僕はかなり好意的に受け止めている。ただ、ひとつ僕にとって余計なのは自然を語る際に最後に神を持ち出している点だ。これはキリスト教圏の発想として当然なのかもしれないが、平均的な日本人からすれば自然は自然そのものとして神の出番など別に必要ないだろう。

子供が学ぶということについては、意外にも読書を単純に肯定していない点がおもしろい。ディーンがホロコーストの歴史を本で読んで知るという描写があって、読者の視点からは彼が戦争の残虐性を学ぶことで戦争ごっこをやめる方向に話が進むことを期待するわけなんだけれども、実はそうはいかない。戦争ごっこにおける敵をナチスに見立てて遠慮のない暴力を振るうという結果に至っている。読書によって知識を獲得することよりも大切なことがあるという著者の思想を反映したものに違いない。おそらく著者は学校教育の必要性を重視していないだけではなく、家庭で本を読んで学べばいいというホームスクール的思想でもなく、子供が体験のなかから自分で学ぶということを優位に置いているはずだ。子供を良い学校に入れて良い教育を受けさせなければ子供が不幸せだと考える親の立場からは到底納得できないだろうが、どちらが人間にとって普遍的な問題に根ざしているかということを踏まえれば考えるまでもない。

絵については、前述したようにところどころ戦争漫画を模したスタイルに切り替わることが効果的だという点以外は特筆することがない。主立ったキャラクターである子供たちは、年相応の可愛らしさよりもぎこちなさや未熟さを強調したデザインで、よれよれの不安定な描線でもって輪郭をとられている。僕の主観を承知で言わせてもらうと、パッと見はアメリカのインディペンデント系で冴えない自分の日常生活をネタにしている類の漫画家にいくらでもいそうな絵柄だ。子供のキャラクターのあいだで描き分けが出来てないというよりは、スタイルがまだ固まっていないという不安定さが目立つ。主人公の顔はやけに面長になったり、普通にふっくらとした顔立ちになったりとバラバラだ。

全体としては学校の先生が図書室に置きたくなるような内容であるにもかかわらず、説教臭さはなく、意外にもかなりスリリングに読める筋立てになっている。僕はこの漫画をほとんど発売と同時に購入したんだけれども、読まずにずっと本棚の肥やしにしていた。最近になってふと手に取って読んでみたら期待していた以上におもしろくて驚いた。子供の比較的ありふれた日常生活を描いているにもかかわらず、下手なスリラーよりもスリリングな展開に退屈することなく読むことが出来た。

Rating
7/10