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Nonplayer #1

Nonplayer #1: Cover
  • Nonplayer #1
  • Author: Nate Simpson
  • Publisher: Image Comics
  • Release: May 2011
  • Size: 16.8cm x 25.8cm
  • Format: Comic Book
  • 32 pages
  • $2.99

レビュー

オンラインのロールプレイングゲームに没頭する若い女性主人公の、仮想現実世界でのヒロイックな活躍と現実世界でのだらしない生活ぶりとを対比的に描く漫画。暗示されている作品の方向性からは、どうやら総合的にSFのジャンルに収まりそうな気配がうかがえる。

主人公ダナがのめり込んでいるオンラインゲームは、ファンタジー趣味に彩られたジャーヴァスと呼ばれる世界を舞台にしていて、ある意味で究極のロールプレイングゲームとでもいうべきものだ。モニターを見ながら自分の分身であるキャラクターを操作するのではなく、キーボードやコントローラーなどのインターフェースを媒介として使用することもない。プレーヤー自身が完全にジャーヴァスの中に取り込まれた形で、その三次元空間の中を自由に振舞うという仕組みになっている。一頃よく言われたバーチャルリアリティというものを文字通りに実現していて、ゲームの自由度という点では究極であり、この手のゲームに興味のある読者にとっては極めて魅力的なものに違いない。ただし、こういったバーチャルリアリティの体験をモチーフとしたフィクションはこれまで映画の世界にいくらでも前例があり、お世辞にもオリジナルなアイデアとは言えない。ゲーマーにとって究極のリアリティを追求するならこうなるほかないという一点に終着しているだけだからだ。

このゲームについての作者のアイデアで特に目を引くのは、ジャーヴァスの中がどうなっているかというゲーム内のことよりも、むしろゲームの外側の部分にある。オンラインゲームではよくロビーと呼ばれる空間が用意されていて、そこでほかのプレーヤーとチャットをしたり、待ち合わせをしたりすることが出来るようになっているけれども、ジャーヴァスから抜け出たプレーヤーがこのロビーに姿を現す際の演出がなかなか洒落ている。さらにゲームを止めるためにロビーからログアウトするための手順も仮想三次元空間ならではのダイナミックで迫力のあるものになっている。プレーヤーがメニューのリストを開き、そこからログアウトを選択して数秒後に画面が切り替わって……などという無味乾燥な手続きをユーザーに強いていた時代は遠い過去のものとなっているわけだ。しかし、ゲームの外側ということでもっと特筆すべきなのは、付随する特殊な課金サービスのアイデアだ。これは高度にテクノロジーが発達した近未来ならではのもので、ゲームと現実の区別がつかなくなる程に進んで没頭したいと願う廃人にはたまらなく魅力的なサービスに違いない。また、いわゆる剣と魔法の世界観をマニアックだと敬遠しがちで、いまいち気が向かないような読者でさえ、この発想そのものには目を瞠るはずだ。この課金サービスは危険を伴なうため、現実のテクノロジーの水準が仮に追いついたとしても、社会的および法的に許されることはないだろう。しかし、この課金サービスをそのままということは無理でも、部分的には実現することが可能だろう。あるいは極めて限定的なものかもしれないが、既に実現されているんじゃないだろうか。例えば、携帯の着メロはこれの非常に矮小化されたサンプルと見なすことも出来る。僕はこの方面に疎いので実情をよく知らないけれども、ゲームに付随する課金サービスのアイデアとして方向性そのものは有効なんじゃないかと思える。

主人公ダナが実際に生活している現実世界は、往来で作業用ロボットのようなものが仕事をしていることから、ゲームと同様に高度なテクノロジーの水準を反映したものであることが見て取れる。しかし、景観そっちのけで鳥避けの網のごとく張り巡らせた電線のうっとうしさといい、落書きやゴミのはびこる往来の汚さといい、テクノロジーの進歩が必ずしも人びとの生活を豊かにしないという現在の社会のありようを踏襲している。それでも、ジャーヴァスと比べて決して見劣りしないどころか、むしろこちらの世界のほうをもっと覗いてみたいと僕に思わせる理由はその色彩だ。ダナの住む近隣の生活空間はまるで同じ一人のデザイナーの手によって彩色を施されたかのように、高層ビルからバイクから果ては落書きに至るまで色調が統一されている。穏やかで温かみのある色が魅力的だ。

この話で描かれているダナの実際のゲームプレイは、そのファンタジー的な世界観からすればとりわけ変わったものではない。多くの兵士に護衛されて行軍をする王とその妃といった趣きの軍勢に対して、ダナと友人がゲリラ的に奇襲を仕掛けるというものだ。これはクエストなどと呼ばれる類の、プレーヤーに課されるイベントの一つと考えていいかもしれない。変わっているのは、あと一歩でダナの大手柄といった瞬間に不可解な現象によってそれを阻まれたことだけだ。プレーヤーの視点で普通に考えればバグというほかないんだけれども、物語の視点からはもちろんバグで済むはずがなく、これが主人公と読者に投げかけられた謎ということになる。

筋立ては、初めて読む読者にとってプレーヤーのアバターであるキャラクターとコンピューターが動かしているキャラクター、すなわちPCとNPCの見分けがつかないという点に大きなポイントがある。生の現実と区別がつかないほど発達したバーチャルリアリティという前提がミスリーディングを促し、結果として驚きをもたらしている。別にネタばれというほどのものでもないが、 Nonplayer というタイトル自体がヒントであり、物語の核心のありかを暗示している。

登場人物のなかで取り立てて言及するほどに深みのあるキャラクターはダナくらいしかいない。ほかの連中は見たままといった程度だ。ダナは主人公ながら人好きのするタイプではなく、ゲーム廃人の予備軍に近いかなりネガティブな生活ぶりを、とくに家族との関係においてあからさまに描写されている。ただ、通り一遍の社会適応力に欠けたゲームマニアということで終わらない性格の一端もうかがえ、これはかなり曖昧で含みのある描写に留まっている。ゲーム内で仲間のプレーヤーから掛けられた褒め言葉のようなセリフを、独り鏡の前で反芻する場面がそれで、喜ぶでも疑うでもなく、ぼーっとした表情の奥に、それほど馬鹿でも幼稚でもないということが推測される。その程度には深みのあるキャラクターと言える。

剣と魔法と括りたくなるようなファンタジー世界でありながらも、キャラクターデザインは西洋とも東洋とも判然としない独自のセンスで貫かれている。登場する動物、あるいはモンスターと呼ぶべきクリーチャーには巨大なものが多く、物理的な大きさそのものが迫力となっているのに対して、人物は非現実的なスケールで造られていないのがいいところだ。特にジャーヴァスにおけるダナは、鍛え上げられたアスリートのように引き締まった体つきが見事で、背中や上腕の微妙な筋肉の隆起がリアルだ。これが類型的なスーパーヒーローのように極端に誇張された肉の塊だったならば、僕は興醒めしていただろう。

コンピューターを使ったデジタル作画の特長が活きているのは光の表現だろう。木洩れ日が衣服や肌に射して、その照り返しのまぶしさが感じられるほどに強い明るさをぼやけた輪郭でもって的確に表している。いっぽうで不得手と見えるのは流れる液体の表現で、吹き出る血やこぼれる甕の中身などは高速度撮影されたかのように固まったゼリー状のように見えてしまう。それから、これは色付きの漫画の宿命かもしれないが、スピード感の表現にはやはり限界がある。効果線を使えば簡単に済むところをそうしない、できないのでスピードが死んでしまいがちだ。いちばんひどいのはダナが遭遇した不可解な現象を描く場面で、剣を振り下ろす一瞬のあいだに起こる出来事を明示するために、あいだに振り下ろしている最中のコマを一つ挿まざるを得なくなっている。こうするとどうしても途中で剣を止めているように見えてしまい、違和感を抱かずにはいられなくなる。まあ、どうしようもないことなんだろうけれども。動作の方向や勢いなどは、コマの一方を引き絞り、窮屈なほうへキャラクターを追いやることで、力の溜めを表したり、広がっているほうへ追いやることで解放的な力の勢いを表したりといったように、コマの形を工夫することでやりくりしていることが見て取れる。また、コマを割らずにキャラクターを描き、隣接するコマに重ねて描くことで、まるでページの外から勢いよく突入してきたかのような迫力を出す表現は日本の白黒の漫画と同様のものだ。

この話で描かれている出来事そのものは別にどうということはない。主人公ダナがゲームの世界で不可解な現象に遭遇した、そしてログアウトして普段の私生活に戻っていった。それだけのことだ。しかし、仮想現実世界と現実世界とをつなぐ部分で作者が工夫を凝らしたアイデアやアートの美しさに注目するならば、新作の出だしとしてかなり充実したものと言える。とはいっても、もともと僕は本作のようなコミックブックというフォーマットが嫌いだ。背の部分がないから本棚にしまうとあとで見つけづらくなるし、折り込み広告をホチキスで留めたような安っぽい造りも気に入らない。それでも、本作についてはそういう文句を言っていられない。後書きで著者はこれを仕上げるのに一年かかったと述べている。年内に続きが出ることはまずありえないだろうし、まして完結してトレードペーパーバックなどの形でまとめて読むことが出来るようになるのは気が遠くなるくらい先のことだろう。そういった事情を考えあわせるとやはり買ってよかったし、数年後までこの作品を知らずに過ごすのは何てもったいないことだろうとも思う。もっとも、この作品がこの先どう転ぶかはわからないけれども。

補足

公式サイトにプレビューのページが用意されていて初めの何ページかを読むことが出来る。

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9/10