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Miss Don't Touch Me, Vol. 2

Miss Don't Touch Me, Vol. 2: Cover
  • Miss Don't Touch Me, Vol. 2
  • Author: Hubert & Kerascoet
  • Publisher: NBM/ComicsLit
  • Release: December 2010
  • Size: 23cm x 16.8cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 9781561635924
  • 96 pages
  • $14.99

レビュー

Miss Pas Touche の英訳版第2巻。 Le Prince charmantJusqu'à ce que la Mort nous sépare の二巻を合わせた一冊。世紀の連続猟奇殺人事件の渦中に自らその身を投じながらも、何とか生き延びることができた主人公のその後の生活を追う続篇。ジャンルとしてはミステリーだった前巻と打って変わって、この巻はラブロマンスが話の筋の中心になっている。ただし、主人公のブランシュ嬢が心身ともにボロボロに苛まれる点は相変わらずで、前巻と併せて女工哀史ならぬ娼婦哀史とでも副題を添えたくなるようなストーリーだ。

この巻でも、前巻において物語の大半が繰り広げられたポンパドゥールを舞台として再び話が始まる。この娼婦の館はあれだけの大惨事を起こしておきながら取り潰されることなく、普通に営業している。それどころか改装記念の一大イベントへ向けて準備をしている最中で、商売っ気満々なところに呆れてしまう。ブランシュが体に負った怪我は治っているが、まだかつらを手放すほどには髪が伸びていないことから、それほど長い年月が経っているわけではないことがわかる。

前巻での出来事の総括や補足など後日談めいたものが何もなく、序盤を読んだ限りでは単純に娼館を舞台背景に使った独立したストーリーであるように感じられる。つまり、キャラクターを使いまわしただけであまり必然性のない続篇のように読めてしまうということだ。ところが、話の筋の終盤に至ると、前巻で主人公に割り当てられた役職、すなわち娼館に身を置きながらも顧客に体を売らずに相手をするという変わった設定が重要な役割を果たしていることに気づかされる。前巻でブランシュの担った特殊な役職は連続猟奇殺人事件の謎にも、その解決にも関係がなく、ストーリーの根幹から見れば必ずしも必要ではない設定だったと言える。しかし、逆にこの巻においては主人公の特殊な設定が絶妙に働いて、シンデレラ・ストーリーのような嘘臭い夢物語に充分な根拠を与える要素になっている。少なくともこの点で続篇の面目躍如といったところだ。

ブランシュは娼館ポンパドゥールを出て行きたいと訴えるが、店の目玉をそう簡単に手放すわけにいかない主人が承諾するはずもない。そこへ折よく現れたのがアントワーヌという良家の子息で、彼はブランシュを身請けして結婚することを目論む。彼の人柄の良さにブランシュもその気になるが、アントワーヌの母親は二人の関係を快く思わず、まして結婚など論外といった態度だ。果してブランシュの初恋は実るのかどうか、というのが話の大筋。

筋立ての中心となる人間関係は、ブランシュとアントワーヌ、そしてアントワーヌの母親、さらに前巻では登場しなかったブランシュの母親の四人。この四人が婚姻の成否をめぐって奔走することになる。ブランシュの母親は娘が玉の輿に乗ることを期待しているので、あとはアントワーヌの母親を何とかして説得すればいいだけのことのように思えるけれども、話はそう単純にはいかない。この四人がそれぞれ意外な側面を持っていて婚約関係に影響を及ぼすところが筋立てのポイントになっている。四人がすべて意外な側面を持っているというのは奇妙に聞こえるかもしれない。主人公であるブランシュの言動は常に読者の視点で追っていくため、読者に対して隠し事などすることはできない。コマとコマのあいだに描かれざる出来事があるというわけでもない。彼女がどうして読者の予想と期待を裏切ることが出来るのかという点に最大のトリックがある。

紛糾した婚約の末路に待ち受けているものは、駆け落ちや心中といったありがちなものではなく、およそ予期しがたい結末だ。読者を仰天、あるいは呆れさせる結末を成り立たせる上で、作者は時代性というものを最大限に利用している。この作品が1930年代のフランスを舞台背景としていることは既知の事実だけれども、読者は知らず知らずのうちに若い恋人同士の恋の内実が現代と変わらないものであるかのように錯覚してしまう。一口に「純愛」などと呼んで一緒くたにしてしまいがちだけれども、時代によって純愛の意味するところも異なるということを極めて皮肉な形で読者に突きつけている。当たり前のように思われることを引っくり返してみせる作者の手際が鮮やかだ。

時代考証は前巻と同様に凝っていて背景に目を引かれるところが多い。大衆食堂での食事を描いた場面では、テーブルの上にパイプ状の棚が渡してあって、手荷物や帽子を置くのに使われている。細長いテーブルと直角に交差して上から見ると碁盤の目のような配置になっている。人が飯を食っている上で物を置いたり、取ったりすれば埃が舞うじゃないかと気になるけれども、描かれているからには実際こういうものだったんだろう。現在でも商品として流通しているけれども、肌に押し付けて転がすと干からびた肌もたちまちみずみずしくなると信じられている胡散臭い電気式の美容器具がこんな時代から存在したのかと驚いた。ほかにも現代の電話ボックスとは異なる公衆電話の施設や、デパートのきらびやかな内装など、適当にごまかしてもよさそうに思えるところをずいぶんと丁寧に描いている。

絵に関しては、ブランシュの感情表現がところどころ上手くいっていない。つらい目にあって涙を流すような深刻な場面でも、顔のパーツをかなり記号化されたデフォルメでもって処理してしまうので子供っぽく見えてしまう。対照的に最も活き活きと描かれているのはブランシュの母親で、アントワーヌの母親と渡り合う場面での見透かしたような不敵な笑みやおどけた仕草など自由自在といった感じだ。前巻と同様に若者より中高年の人物のほうがよく描けているように見えるのは、単純に顔の凹凸が生む陰や皺があるほど表情が作りやすいというだけのようにも思える。ページ内のレイアウトについては、フキダシの形と位置に癖があって一部読みづらい箇所がある。台詞を話している人物を示すためのフキダシのすぼみを強引に引っ張ることで人物の立ち位置と交錯してしまい、誰が話しているのかパッと見では判別しづらくなってしまっているからだ。

総合的には前巻の衝撃と比べればやや劣るかもしれないが、それでもじゅうぶんにおもしろい一冊だ。最後に意外な犯人が明かされる類のミステリーではないにもかかわらず、同様のどんでん返しが周到に用意されているところに作者の意欲が充分に窺える。僕が当初懸念したような、前の巻の好評を頼みに追加的に作られた余興のストーリーなどでないことは間違いない。ただし、気になるのはこれで完結してしまったのかどうかということだ。前巻がストーリーの上で完結していてもおかしくない出来だったのに対して、この巻は微妙な余韻を残した終わり方になっている。率直に言わせてもらうと、これで終わるのと前巻だけで終わっていたのとでは後者のほうがはるかに完成度は高い。是非ともさらなる続篇を期待したい。

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9/10