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XIII Vol. 1: The Day of the Black Sun

XIII Vol. 1: Cover
  • XIII Vol. 1: The Day of the Black Sun
  • Writer: Jean Van Hamme
  • Artist: William Vance
  • Publisher: Cinebook
  • Release: May 2010
  • Size: 18.4 × 25.7 cm
  • ISBN: 9781849180399
  • Format: Softcover
  • 48 pages
  • £5.99/$11.95

レビュー

XIIIシリーズの第1巻。原題は Le jour du soleil noir で1984年の刊行。瀕死の重傷を負って記憶を喪失した身元不明の男が、曰くありげな自分自身の正体を解き明かすべく探索の途につくという内容のサスペンス。

ストーリーの舞台となっているのは一見したところ、アメリカであるように思える。街の名前や通りの看板などの文字が英語であり、車が右側通行であり、そして作中の世界で起こった事件として第42代大統領暗殺という出来事が扱われているからだ。大統領職は世界のほかの国にも存在するけれども、40代以上も続いているのはアメリカのほかにはないだろう。ただ、作中ではアメリカ合衆国という国名は一切出てこない。国の名前を出してよさそうな場面でもあえて避けているように感じられる。表紙に描かれている紙幣もドルでもフランでもない架空のもののようだ。明らかにアメリカ、あるいはアメリカをモデルとした国家であるにもかかわらず、国名を伏せていることにストーリーの上で何か意味があるのかどうかはわからない。

話の筋は、主人公が数少ない手がかりを頼りにミステリアスな自らの正体を突き止めていくといった推理物というよりも、謎の追っ手の襲撃を回避する形でやむを得ず強いられる逃避行のような性格が強い。強引な接触を計って入れ替わり立ち替わり現れる複数の勢力のいずれにも屈することなく、主人公が自らの正体についての重要な情報を獲得して逃亡するという、一見したところ出来すぎたように感じられる筋立ては、登場人物の目的や社会的立場など巧妙に配置された設定が裏付けとなっていて、それなりに合理的な説明がつくものになっている。

主人公を狙う追っ手は少なくとも三つの勢力からなっていて、それぞれの目的と社会的な背景の相違にスリリングな筋立ての根拠がある。追っ手の中には問答無用で命を狙う勢力もあり、そのような暴漢相手に対して主人公は人並みはずれた身体能力でもって対処している。しかし、まるで特殊部隊の隊員のような身のこなしは、彼にとって言わば所与の能力であってそれ自体は読んでいて特におもしろいものではないし、絵的に特に迫力があるわけでもない。おもしろいのは命を狙う以外の用件があるグループの存在だ。主人公とのあいだに交渉の余地があるということが、目まぐるしく場面を替えて繰り広げられる逃走劇のお膳立てとなり、また絶体絶命の窮地においても簡単には主人公が死なずに済む理由でもある。そして、追っ手の勢力がまるで出番を待って代わり番こに登場することになっているかのごとく都合よく出現するということについては、それぞれの持つ社会的背景や主人公の抱えている謎の核心へどれだけ近くにいるかということの違いが反映されている。真っ先に主人公の命を狙ってやってくる追っ手は、彼に重傷を負わせた張本人のいる勢力であり、最後に接触をした当事者だからこそ再び主人公の居所を見つけ出すのも早かったというわけだ。そして次に現れる追っ手は、主人公が公共の機関を利用して自分自身に関する情報を得ようとしたことが仇となって、言わば自ら招き寄せた形で遭遇することになる。社会的に最も立場が強く、広範に渡る情報網を持ち、実力行使をさせても最強に違いない勢力が、実際には最も遅れて主人公に辿り着くということが何の違和感もなく、話の筋に組み込まれている。主人公の立場に身を置けば文字通りに物語じみたスリリングな展開と言うほかない追っ手の相次ぐ登場にじゅうぶんな説得力が持たされている。

この主人公は格闘や身のこなしなどの身体能力については常人をはるかに超えるものを持っているけれども、謎を解明する探偵役としては人並みであり、驚くべき推理や洞察を見せてくれるわけではない。にもかかわらず、強引なやり口で迫る追っ手に対してあるいは撃退し、あるいは逃亡を計るなかで屈服することなく、結局のところは一方的に自分にとって必要な情報や物品を入手している。これは一つには、銃で武装した敵を独りで撃退して所持品を奪うだけの並外れた身体能力のおかげということもある。しかし、もっと重要なのは追っ手の勢力それぞれが持つ目的や、その目的に応じた接触の仕方によって、期せずして主人公に手がかりを獲得させているということだ。追っ手は強硬で自分の利害関係しか頭にない連中ばかりなんだけれども、結果的に主人公を有利な方向へ導いてしまっているということにそれほど不自然さを感じさせない。たいして推理を働かせてもいないのに推理小説の謎が解けてゆく現場に立て続けに臨むようなおもしろさがある。物と情報と動機が巧みに配置された筋立てということだ。「それほど」と一言付け加えたのは、困難な局面を打開する上で発揮される主人公の身体能力はフィクションとはいえ常軌を逸しているからだ。特殊部隊に籍を置く現役の軍人ならこれくらいはやるのかもしれないと思いたいが、この男は四階の窓をぶち破って夜の屋外に飛び降り、階段を降りてやってくる敵が現れるより早く姿をくらますという離れ業をやってのけている……。まあ、この主人公の正体についてこの巻ではまだじゅうぶんに解明されていないので強く非難するつもりはないけれども。

一般的に言えば、この主人公のように自分の記憶がないよりは、あった場合のほうが本人にとって有利に決まっている。ところが、この男と交渉を迫るある勢力とのやり取りのなかでは、記憶喪失であることが逆に身を助ける状況を生み出しているということがおもしろい。必要な記憶がないまま緊迫した事態を打開しなければならないという窮地に立たされたその場の本人にとって降って沸いた偶然の幸運のように思える出来事が、実のところは記憶喪失と本来の性格との取り合わせによって、言わば幸運がこちらに向かうべく導かれていることに天の配剤とでも言うべき鮮やかさがある。

キャラクターのおもしろさという点で見ると、この主人公はありきたりで魅力に乏しい。一言で言えば、叩いても死にそうにないサイボーグのような男。ハリウッド映画のアクション物で主役を張る類の屈強な白人中年男にいくらでも代わりがいそうなタイプだ。あえてこの主人公の人となりが目を惹く瞬間を挙げるならば、自分の過去の行いが法に触れるならば潔く裁きを受ける覚悟はあるということを言明していることだ。逃げ回っているのは自由を奪われたくないというエゴではなく、自分の過去に違法性があろうがなかろうが、身柄を拘束しようと目論む連中に本来あるべき正義がないからという判断にかろうじて共感を呼ぶ根拠がある。

主人公よりも深くキャラクターが描写され、ストーリー上も重要な意味を持っているのはマーサという中年女だ。彼女は冒頭で主人公に手術を施して命を救った恩人なんだけれども、現役の医者ではなく、免許を剥奪された元外科医という設定がストーリー上の重要なポイントになっている。一般的に言って、身元不明の人間を保護したならば警察に連絡をするのが当然だ。怪我がひどければ先に病院へ連れて行くかもしれない。しかし、この物語の冒頭で主人公を最初に発見した老夫妻が警察や病院に通報してしまったらそこで話が終わってしまう。作品が成立しなくなってしまう。人命救助とはいえ、マーサが違法な手術をしたという事実を警察に知られたくないために通報を控えるという判断をしてもらわなければ作者にとって都合が悪いわけだ。重体の主人公を発見した老夫妻の近所に偶然にも元外科医が住んでいて、手術は出来るけれども状況として警察への通報はできないようになっているという冒頭の設定は、よく考えればかなりわざとらしいものだと言える。ところが、実際に話の筋を辿っている最中にはそのような不満を感じさせない。その理由は、マーサが免許を剥奪された原因に人間的な弱さとの葛藤があり、さらにその葛藤を克服することが可能な要因が提示されているところにある。主人公はこの彼女の葛藤の関係に絡んで存在している。理屈だけ考えれば存在そのものがわざとらしいキャラクターも、この程度に深く掘り下げて描写すれば気にならなくなるものなのかと感心した。

絵について言うと、何はさておき色の付け方が妙だ。普通なら色の濃淡だけで表せばいいと思えるものまで黒いペンでしっかり輪郭を取ってしまっている。もともと白黒で作られた漫画にあとから着色したような違和感がある。いちばん気になる問題は白目の部分まで周囲の肌色で塗ってしまっている箇所がいくつもあることで、これは手抜きと言われても仕方ないんじゃないだろうか。"Colour work: Petra" としてクレジットされている色塗りの担当との分業が上手くいってないように見える。ただ、必ずしもやっつけ仕事と片付けることはできない。自然の背景についてはとても丁寧で鮮やかな着色がされていて、とくに雲の棚引く夕焼けを描いた巻末の部分は見事だ。

終盤の展開で主人公の正体はある程度明かされたかに見える。しかし、彼のために犠牲になった人物の否定的な発言を考慮すると、額面通りに受け取っていいものとは思えない。善意の協力者の今わの際の言葉には真実があるというのがドラマのお約束だからだ。これからあと18巻もどうやって続くのか、気にはなる作品といったところだ。

修正と追記(2010年12月9日)

意味がよく通るように一部の文章を書き直し、ついでに書き足りなかったことを付けたした。

Rating
8/10