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Wish You Were Here #1

Wish You Were Here #1: Cover
  • Wish You Were Here #1: The Innocents
  • Author: Gipi
  • Publisher: Fantagraphics Books
  • Release: August 2005
  • Size: 29cm x 21.3cm
  • ISBN: 9781560977575
  • Format: Softcover
  • 32 pages
  • $7.95

レビュー

イグナッツ・コレクションの第三弾。 Gli innocenti の英訳版。中年男が旧友と再会する機会を通じて、甥っ子とのあいだに交わすほんのひとときの共感を描いた短篇。

話の舞台となるのはイタリアの田舎町。ギルおじさんが会いに行くヴァレリオは、刑事に対する殺人未遂で服役していた刑務所帰りの男。ヴァレリオはギルおじさんの若い頃の親友で、ともに暴力的な悪徳刑事によって青春時代を台無しにされた犠牲者とでもいうべき立場にある。アンドレアはギルおじさんの甥っ子であり、腕白盛りの純朴な子供。

ストーリーは、ギルおじさんが甥っ子のアンドレアを助手席に乗せて車を走らせ、昔話を挿みつつ、旧友のヴァレリオに会いに行くという、ただそれだけの内容。最後にヴァレリオがとんでもないことを仕出かそうとするんだけれども、未遂に終わるため、実質的に出来事らしい出来事は何も起きない話だと言える。普通に漫画を読むつもりで最後のページまで辿り着くとさすがに肩透かしを喰らったように感じ、物足りなく思わざるを得ない。このシリーズの次にあたる They Found the Car は一読したところ、#1とは直接に関係のない独立したエピソードのように見える。はっきり無関係と言い切れないのは、登場人物の一部が互いによく似ているからだ。ひょっとしたら同一の登場人物を使っているのかもしれないし、たまたま似ているだけで別人なのかもしれない。少なくとも、#2を読もうが読むまいが#1の内容の理解には何の影響もないということは断言できる。したがって、この作品はこの32ページの内容だけで評価しなければならないということになる。

肯定的に評価するのであれ、否定的になるのであれ、注目すべきなのはページの大半を占めるギルおじさんと甥っ子との会話がどう描かれているかということと、それによって表されるお互いの関心や配慮を伴なう緊張関係がどうなっているかということに尽きるだろう。このふたりの関係に注目する上で重要なポイントとなる作品設定は、一つはふたりが親子ではなく、あくまでおじと甥という関係であることだ。直接に子供をしつける立場にある親と違っておじの立場にはある程度の遠慮がある。人による、家庭によると言ってしまえばそれまでだけれども、それなりに距離感があるのが普通だろう。そしてもう一つは、刑務所帰りのヴァレリオへ会いに行くという計画が以前から約束されていたものではなく、直前になって唐突に決まったものであるということだ。もともとギルおじさんは甥っ子を刑務所帰りの旧友に会わせたいなどと考えてなく、甥っ子のほうでも会ってみたいとせがんだわけではない。ギルおじさんにとって旧友と再会するのに甥っ子を同伴しているということが偶然によるものであり、どちらかと言えば消極的な状況だということが、かえってこのおじと甥っ子ふたりの共感を効果的に演出するうえで役立っている。

おじと甥という関係は、親子関係にありがちな直接的で押し付けがましい態度を避ける言わば緩衝材のように働いている。車中でアンドレアはギルおじさんに対してこれから会いに行くヴァレリオについての質問をいくつも投げかける。無邪気な子供らしく、好奇心に任せて発せられる質問には遠慮のないものもあり、読者の視点からはギルおじさんの神経に触りかねないんじゃないかと感じられる。親の立場であったならば有無を言わせずはねつけたかもしれない質問に答えているのは、甥っ子を預かっている身として自然な態度とも思えるし、ギルおじさんの寛容な性格の反映だとも思える。もしアンドレアを隣りに載せて車を走らせているのがおじではなく、父親だったならどうだろうか? 若い頃の理不尽な体験への共感を求めたかもしれない。刑務所帰りの男の話を聞くことが息子の社会勉強になると考えたかもしれない。ひょっとしたら父親であってもギルおじさんと同様の態度を取ったかもしれない。いずれにせよ、ギルおじさんが甥っ子に自分たちの若い頃の不幸な境遇をよく理解し、同情してほしいなどとは初めから考えてなく、ある程度の距離をおいて接しているということが話のすじの上であとあと重要になってくる。

その日、ギルおじさんは甥っ子を連れて遊園地に遊びに行くつもりだったんだけれども、直前にヴァレリオから電話をもらったことで急遽予定を変更している。車中でのふたりの会話がヴァレリオとギルおじさんの若い頃についてばかりなので目立って意識されにくいことかもしれないが、これはよく考えると奇妙なことだ。普通、子供が遊園地へ連れて行ってもらう約束を急に変更されて素直に納得するだろうか? それに、いくらかつての親友だとはいえ、殺人未遂で服役していた男と会うのに無関係の甥っ子を連れて行くというのは、ちょっと子供に対する配慮に欠けるんじゃないだろうか? こういった疑問に対する回答はそのまま、このアンドレアという甥っ子とギルおじさん双方の表層的な印象とは異なる奥に秘めた心情を理解することにつながる。アンドレアはギルおじさんやヴァレリオについての質問をいくつもするけれども、あくまで子供の素朴な好奇心によるものであって、決して積極的にヴァレリオに会いたいと思っているわけでも、おじさんたちの過去について知りたいと思っているわけでもないというように、表情といい、態度といい、関心の度合いが曖昧なままに描かれている。しかし、遊園地行きを変更されても特に不平一つ言うわけでもないということを考えあわせると、実際にはかなり興味津々だったに違いないと考えるべきだろう。ギルおじさんはヴァレリオとは違って刑務所に入る羽目には至らなかったけれども、それでも世間一般のまっとうな社会人とは違った人生を歩んでいるらしく、その影響が見て取れる。一言で言えば世間ずれしているということなんだけれども、これは甥っ子への配慮という意味でも、逆に配慮が足りないという意味でも、双方の意味でずれているというところが独特でステレオタイプを外れておもしろい描写になっている。傑作なのが、甥っ子にスナック菓子を買い与えた際に、一日どれくらいスナック菓子を食べるのか真面目に尋ねていることだ。つまり、子供を連れて歩くのにどれくらいスナック菓子を食べさせるのが適切かわからなくて不安になってしまうほど子供の扱いになれてなく、世間ずれしているということだ。はっきり言葉に出して甥っ子にいろいろとどうしてほしいか尋ねているところを見ると、子供への配慮に苦心しているように思えるけれども、それでもやはり刑務所帰りの男と会うのに甥っ子を連れて行ってしまうのはどうかしていると言わざるを得ない。ドライブの途中でアンドレアの母親に電話をかける場面があって、向こうが何を言っているか正確にはわからないけれども、おそらくアンドレアを刑務所帰りの男と会わせるということに驚き、心配しているように見て取れる。それが普通の反応じゃないだろうか。

昔話の中で語られる刑事の乱暴な振る舞いを除けば、特に変わった出来事が起こるわけでもなく、起伏に乏しい盛り上がりに欠ける話のすじということになる。しかし、あえてここに一本通った話のすじを見いだそうとするならば、そのクライマックスは再会したヴァレリオが予期せぬ行動を取った際のギルおじさんと甥っ子の交わした会話にある。ふたりともおじと甥という、本来ならばある程度の遠慮があるべき関係を超えてヴァレリオの境遇への率直な思いを露わにしていて読者を驚かせる。ヴァレリオを媒介にしてふたりの本音が導き出されている。ヴァレリオが取った行動そのものは肩透かしに終わるので出来事として中途半端だと言わざるを得ないけれども、ここだけは鮮烈な印象を残すところだ。

絵について言えば、車中での会話の合間に挿まれる外の風景描写が、さりげないようでいて実はかなりキャラクター描写の上で意味を持っているように思える。甥っ子の質問に答えるギルおじさんの台詞を載せる際に、車内の様子を背景にしてコマに収めるのではなく、遠く離れたところから走る車を捕らえた視点でフキダシを出しているのは含みのある回答を意味していると思える。例えば、本当はそうではない、あるいはそう単純には言い切れないといった含みを持った回答のように思える。続いて台詞のない風景描写のコマが来るとその含みにさらに念を押していると思えてならない。また、際どい質問のあとで回答がないまま風景描写のコマを挿み、続いて場面転換をしている箇所では沈黙がそのまま回答になっている。ただし、こういったことは決してあからさまではなく、それとなくひっそりと行われる程度に留まっている。本当に何でもない、削除しても作品を理解する上で何の支障もないと思える風景描写のコマもいくつもある。そういったなかでさりげなく、示唆的な表現として意味を持っている。キャラクターデザインは手っ取り早く的確なもので、特に再会したヴァレリオがよく出来ている。ヴァレリオのやつれっぷりは凄まじく、ギルおじさんと同じ年頃とは思えず、しかもただ老けているのではなく、顔のパーツの歪み具合がそれまでに受けてきた仕打ちを想わせて恐ろしくなるほどだ。

初めて読んだときに少し失望したのは事実だけれども、作者の意図するところを汲むつもりで念入りに読み返すと、この作品はかなりの傑作なんじゃないかと思えてくる。表面的に描かれている誰が何をどうしたといった出来事よりも、人の心の内側を重視するスタイルが少女漫画的だという意見は僕が勝手に思っていることなので別に同意は求めないけれども、その前提に立ってよければ、この漫画は同じ作者の Garage Band とともに、僕がこれまで読んできた海外の漫画の中で数少ない少女漫画的な感性に訴える作品だといっていいんじゃないかと思う。

Rating
8/10