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Spell Checkers, Vol. 1

Spell Checkers, Vol.1: Cover
  • Spell Checkers, Vol. 1
  • Writer: Jamie S. Rich
  • Artist: Nicolas Hitori De & Joëlle Jones
  • Publisher: Oni Press
  • Release: April 2010
  • Size: 18.9cm x 12.7cm
  • ISBN: 9781934964323
  • Format: Softcover
  • 152 pages
  • $11.99

レビュー

魔法の力を悪用してキャンパスに我が物顔で君臨し、学校生活を満喫していた三人娘が、ある日自分たちへの匿名の誹謗中傷が相次いだことを受けて、その犯人探しに躍起になるという話。ストーリーを作る上でのアイデアと作画の両方で日本の漫画の影響を強く受けていることは明らかで、日本人の読者としては良くも悪くもその点を基準に評価せざるを得ない作品ということになる。

この漫画は作画の分担の仕方がちょっと変わっている。二人のアーチストが担当しているんだけれども、よくあるようなペンシラーやインカーといった作業の手順で分けているのではなく、章ごとに受け持ちを決めているわけでもない。主役の三人娘の現在の出来事を描く場面ではニコラ・ヒトリ・デが、幼少時の回想を描く場面ではジョエル・ジョーンズがそれぞれページの全体を描いている。ストーリーの内容にまで踏み込んで絵の分担を決めているのはかなり珍しいことなんじゃないだろうか。ふたりで分担とはいっても、ジョエル・ジョーンズは本編の中で合計17ページしか描いていない。これは三人の過去を描いた場面がそれだけ少ないということで理解できるんだけれども、意外なことにジョエル・ジョーンズは表紙の絵も描いている。ちなみに表紙の三人娘は幼少時ではなく、ストーリー上の現在の姿で描かれていて、つまり本編では一度も見ることの出来ない姿ということになる。さらに突っ込ませてもらうと、上からリンゴが降ってくるというこの図は本編の内容とまったく関係がない。

三人にとって魔法は主に学校の成績を有利に操作するための不正の手段として使われているんだけれども、作品のテーマの視点から見れば、魔法は彼女たちの自分勝手で自惚れがちな性格を増幅して表すための手段であるように思える。そもそも、魔法を使えるようになったのは気のいい魔法使いのおばさんからスペルブックを盗んできたことがきっかけであり、努力や研究の賜物などではない。遅かれ早かれ彼女たちへの批判的な視点の登場を、すなわち彼女たちに自省を促すような対抗的要素の登場を期待するのが常識的な読みと言えるんじゃないだろうか。その対抗的要素というのは、魔法による不正を告発する他の生徒かもしれないし、教師かもしれない。ひょっとしたら三人のうち誰かの心に芽生える良心の咎めかもしれない。いずれにせよ、女の子三人が魔法を使って校内で幅を利かせてただひたすら調子に乗ってるだけでは物語の体をなさないだろう。ところが妙なことに、この巻の最後まで読み進めた時点ではそういった批判的な視点がぼやけてしまっている。匿名の中傷の主は、そういった批判的な役割を期待させるものとして登場しながら結局は腰砕けでお茶を濁している。この点で、彼女たちが魔法を使うということへの作者の姿勢が曖昧になってしまい、何をやりたいのかよくわからない漫画になってしまっている。

ストーリーは誹謗中傷の発覚からその真犯人の追及で成り立っていて、それに付随する小さな出来事を除けばほかにこれといって何も起きないと言っていい。学校の中で魔法を使ったことが表沙汰になれば大問題になるじゃないかと思うかもしれないが、実は三人が魔法を使っていることは生徒にとって周知の事実であり、しかもいざというときには魔法で人の記憶を消去することもできるので教師の目すら問題にならないという事情がある。したがって誹謗中傷の主が三人娘に敵対するということがこのストーリー全体の根幹をなしているわけなんだけれども、この敵対関係はかなりしょうもない理由に基づいている。本来ならば相応の真剣な理由で持って敵対すべき悪役が、過去のバカバカしいほど瑣末な出来事を根に持って主人公への復讐を期して登場するというのは……これはやはり日本の漫画やアニメに影響されたアイデアなんじゃないだろうか。具体的な例は思い浮かばないが、少年漫画に山ほどありそうなネタだ。さらに、この敵対者が三人と同様に魔法を使うことができる理由も作者による悪ふざけのようなもので呆れてしまう。綴るという意味のスペルと呪文のスペルをかけたものであり、要するにストーリーの根幹からしてジョークであり、タイトルもまたジョークそのものだ。

筋立ては終始一貫して三人娘の性格描写を中心にしたものになっている。誹謗中傷の犯人探しから話が始まっている割に、謎解きや推理の要素はない。三人がそれぞれ身内の裏切りを疑うことはあっても、読者に対してはそういう含みを持たせた描き方を一切しないので犯行が外部のものであることは明白であり、心理的サスペンスにもなっていない。幼少時の回想の場面で三人の結束を誓う魔法の儀式が描かれているんだけれども、その当時の痛ましいほどの真剣さは、反証があるにもかかわらず身内の裏切りを疑ってやまない現在の脆い友情とは対照的だ。また、三人が身内を疑い、対抗的な態度を取る理由としてジョナスという少年が絡んでいる。三人ともジョナスが自分を選ぶに違いないという自信に満ちていても、実は誰一人として本当にジョナスを気に入ってるわけではなく、それでいてこの少年をめぐって本気で対立するという点に彼女たちの自惚れと利己心が顕れている。総じて主人公三人に対してずいぶんシニカルな筋立てになっている。

この巻に収録されているストーリー全体の構成は、あまりテーマと噛み合っていないように思える。一つは、三人娘の過去と現在とのあいだの関連付けが甘いということにある。魔法を使えるようになる前、そして使えるようになってしばらくのあいだの幼少時の出来事が、三人のうちの誰かによって回想されているというよりは、むしろ作者の立場から直接に読者へ向けて呈示されているように見えてしまうということだ。だから魔法を使うことができなかった過去は、魔法でやりたい放題の現在を反省する材料にもならなければ、もし魔法が使えなくなったらという未来を憂慮するきっかけにもならない。ある意味そうならざるを得ないのは、やはりページ単位で過去と現在を分離してしまっている点にあるんじゃないだろうか。魔法を使う瞬間にフラッシュバックを挿入してためらいや不安を表すといったことは、この作品のような作画の分担ではやりようがない。もう一つは、この巻のストーリーが終わった時点で主役三人の置かれている状況が振り出しに戻ってしまっているという点にある。変わったことといえば脇役のキャラクターが一人増えたことくらいで、三人が魔法を使いつづけることへの障害は何もない。読者の視点からは、再び三人が魔法を悪用して不正と傲慢の限りを尽くす学園生活がひたすら続くだけとしか思えない。次の巻への引きもない。ここで最初の巻を締めくくるくらいなら、匿名の敵対者との対決にけりを付けずに次の巻へ引き伸ばしたほうがマシだっただろうと思える。

主役三人のキャラクターは饒舌で、作者が会話のやりとりにかなり力を入れていることが見て取れる。互いにおちょくったり、罵ったりする際の語彙やまわりくどい言い回しにユーモアがあって、これがこの作品の一番の売りなんじゃないかとさえ思える。また、学校内のヒエラルキーで頂点に君臨する彼女たちの傲慢な気質と、コミック・ナードやいわゆるエモなどの趣味との絡みが描かれる部分があり、おそらくはステレオタイプをなぞったものに違いないが、現地の青少年の感性などに疎い僕にはなかなか新鮮で楽しめた。ただし、口の悪さという点で主役三人は似通っていて大差がなく、自惚れがちな性格も含めてあまり個性のないキャラクターとも言える。

ニコラ・ヒトリ・デの作画は一言で言えばスクリーントーンに依存しすぎだ。ただ量が多いというだけではなくて、髪の毛や服、廊下の天井やロッカーなど一つのコマの中で隣接しているものに対してまったく同じか、よく似通ったトーンを貼りまくるので読んでて息が詰まりそうになる。魔法の効果を視覚的に表現する際にもトーンが多用されていて、このことは読者に対してくだくだしい説明的なセリフを省くという意味では役立っているんだけれども、パッと見た感じではそれが魔法を表しているのかそれとも別の何かのための漫画的技巧なのかということがはっきりしないという弊害の元にもなっている。例えばこんな場面がある。教室の中で三人娘のうち二人が会話をしていて、片方は机に腰掛けている。昼休みの光景なのかと思いきや、実は授業中であることが先まで読めば明らかになる。二人を丸く囲むような形で外側に貼られたトーンが魔法による結界のようなものを表していて、ほかの生徒や教師に気づかれずに済んでいるということを表現している。あるいは周囲の時間を止めているという表現なのかもしれない。こういったトーンの貼り方を日本の漫画でやれば二人の人物のあいだの心的な内密さを表すものか、もしくは読者に対して二人の人物への集中を促すものとして、つまり実体のない漫画的な表現として受け止めるのが普通だろう。何でもかんでも似たようなトーンでもって済ませようとするのでこういうややこしいことが起こってしまう。また、この人は本来ならばある程度にはペンで細かく物の輪郭を取らなければならない背景に対して、適当に波打った線を数本引いてその上にベタッとトーンを被せて済ませるという簡略化をあちこちでやっている。込み入った背景で惹きつけられるということを期待できないのが残念なところだ。

ニコラ・ヒトリ・デのキャラクターは顔の描き方に日本の漫画からの影響が最も明白に出ている。顔のパーツはシンプルな細い線で描かれ、いっぽうで髪の毛はかなりディテールに凝って細かいハネなどもきちんと描き込む。両目は極端に離れていて、鼻はあるかないかのかすかな影のようなものしか描かない。いかにも可愛らしく描かれているんだけれども、こういったデフォルメを三人娘に対して同じようにやっているので、ヘアスタイル以外に特徴がないキャラクターデザインの原因にもなっている。また、目や口など顔の部分を描く際に、線を一部消すことによってあまりくどくなく明るい印象の顔つきに見せるというテクニックのコツを作者はまだ充分には会得していないようにみえる。一部のコマでは消し方がおかしく、口を描いているのか、のっぺらぼうのように口のない顔に髭がまばらに生えているのかわからない妙な顔になってしまっている。ただし、日本の漫画からの影響という点で見れば、日本人にとってあまり違和感のないスタイルなんじゃないだろうか。僕は一般的に言って日本の漫画に作画の面で影響を受けた海外の漫画というものにあまり関心がない。ウェブでプレビュー的な画像を見ただけでげんなりさせられることが多く、買って読んでみたいという気にさせられることがほとんどない。この人は数少ない例外だ。違和感なく読めるということの一番の理由は目をシンプルに描いていることじゃないかと思う。大きく描いてないわけじゃないが、大きすぎず、潤んだ瞳の輝きなどもない。一般に日本の漫画に影響を受けたと思しき海外の漫画というものが日本漫画的な特徴を誇張しすぎることによってバランスを崩してしまい、ほとんど日本漫画のカリカチュアのように見えるのに対して、この人が描くものはデフォルメの仕方や描き込みの濃淡にバランスが取れている。とくに驚きや怒りの表情が顔のパーツの形を大きく変えるようなときでも絶妙にバランスを保っていて安心して読んでいられる。とはいっても、まったく違和感がないわけではない。人物の目を白抜きにすることで正気を失っていたり、動転していることを表す表現が出てくるんだけれども、これはおそらくは模倣するのが簡単だからという理由で日本の漫画であまりにも蔓延していて、正直言ってもう二度と目にしたくない表現だ。

これは日本の漫画からの影響なのかどうかは知らないが、三人娘が下着姿で描かれる場面がいくつかあって、そのどれもそれほど必然性がないという点は少し気になる。日本の十代の女の子向けのファッション雑誌にこういうカットが載っていてもまったく違和感がないと思える絵柄でもって唐突に男性読者向けの余計な気遣いを挿んでいるようなものでびっくりしてしまう。しかし、このことは男と女で読む漫画にはっきりと線引きがされている日本人特有の気づきかたなのかなとも思う。青年誌を読んでいて唐突に女の子の下着姿や裸が出てきても驚かないが、少女漫画誌で同じ事があれば作者や編集者の意図が気になって仕方がなくなるように。なお、下着姿くらいならば目くじら立てることもないけれども、一部のページにはかなり俗な、もっとはっきり言うと低俗で俗悪と思える表現があって、作者がいったいどんな読者層を期待しているのか戸惑ってしまう。もっとも、僕の考えすぎかもしれないが。

ジョエル・ジョーンズの絵柄はお世辞にも可愛らしいなどとは言えないけれども、単純な喜怒哀楽では済まない微妙な感情の入り混じった表情を描き分けるのがずっと上手い。また、ニコラ・ヒトリ・デの描く女の子に人種の区別がないのに対して、ジョエル・ジョーンズは三人娘のうち一人がアジア系であるということについてある程度には納得のいく描き方をしている。ニコラ・ヒトリ・デの描く三人娘の絵を見せられて黒髪の女の子が日系人だと思う人はいないだろう。ふたりとも互いに絵柄を似せようという配慮はまったくなく、特徴がそれぞれ出ていて、言われなければ同じキャラクターを描いているとは気づけないほどだ。

結局のところ、ニコラ・ヒトリ・デの描くキャラクターの可愛さと、それに似つかわしくない毒舌からくるユーモアとが僕にとって更なる期待をさせる理由ということになる。ストーリーが真面目な意味でどこへ向かうのか丸まる一巻費やしてもおぼつかないのが残念だけれども、とりあえず次の巻は読んでみたい作品だ。

補足

Nicolas Hitori De という名前を本人がどう呼んでいるのかは知らないけれども、さすがに本名とは考えにくいし、フランス語っぽく「イトリ・ド」などと読むのもしらじらしいと思うので自然に「ニコラ・ヒトリ・デ」と読んでみた。

Rating
6/10