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賢者は眠る 第1巻

竹内未来『賢者は眠る』第1巻:表紙
  • 賢者は眠る 第1巻
  • 著者:竹内未来
  • 出版社:秋田書店
  • 発行日:2002年3月5日
  • ISBN: 9784253192279
  • 200ページ
  • 新書判
  • 410円

レビュー

若くして身寄りをなくした女の子が、母の形見の指輪をきっかけとして、石の持つ不思議な力をあやつる男と出会い、ふたりで共に宝石にまつわる怪事件を解決していくというストーリー。一話完結式の話が五つ収録されていて、話によってさまざまなジャンルにわたる内容になっているけれども、オカルト的な要素を抜きにしても作りに無理があって不自然に思える箇所も多い。しかし、この漫画のいちばんいいところは主人公のキャラクターにあって、ただの薄幸の少女に留まらない意外な一面を覗かせる瞬間が見所になっている。

未明はすでに母親を亡くしていて、さらに最近になって父親が多額の借金を残して蒸発してしまったという取って付けたような不幸な境遇にある。彼女が母親の形見として持っていた指輪の宝石を錬金術の世界で言うところの賢者の石であると主張して言い寄ってくる怪しげな男が明智で、彼自身も賢者の石を所有していて不思議な力をあやつることが出来る。未明はほかに頼りにすべき人がいないこともあって明智の仕事を手伝うことになるというのがこの主人公をめぐる基本的な人間関係。この巻は錬金術や降霊術の類のオカルト的な論理と力でもって宝石にまつわる事件を解決するエピソードの寄せ集めで成り立っている。主人公の未明が賢者の石を飲み込んでしまうことによって不思議な力を獲得するという設定からは、その力を使って普通の女の子には出来ないような活躍をする展開を予想させるけれども、そんな単純な話は一つもない。実際、主人公の獲得した能力が事件を実質的に解決する上ではあまり役に立たず、独りでは窮地に追い込まれてしまうところにこそ話を面白くさせる前提がある。

収録されている五つの話は、オカルト的な要素や宝石に関する知識がどのように事件の構造とその解決の過程に盛り込まれているかという違いが、それぞれのエピソードの趣向の違いの元になっている。ある話は宝石が持ち主を呪うホラーであり、またある話はブレスレットに嵌められた宝石の並び順から隠された真実を暴き出すちょっとした推理物のような話であり、ある話は主人公が思いがけず猟奇殺人の標的になるサスペンスといったように。ただし、怪事件のこういった表向きの違いが必ずしも面白さの根拠になっているとは言い難い。理由の一つは、ほとんどの話で事件を実質的に、最終的に解決するのが明智の仕事であって、主人公の未明はそれほど役に立たないということ。もう一つは、トラブルを解決する力の源が賢者の石であり、賢者の石さえ持っていれば向かうところ敵なしといった強さであり、石の持ち主が主体的にどのように関わるのかということが大して問題にならないということがある。

第一話から第三話までがこの理由にあてはまる。明智が賢者の石の力でもってトラブルを解決し、なぜ解決することが出来たかというとそれは賢者の石にそういう力があるからだというような、設定によるマッチポンプとでも言うべき単純な因果関係に拠っている。第五話では賢者の石の出番はないけれども、明智の持つ人造人間ホムンクルスが未明のピンチに割って入って助ける役割を果たしていて、賢者の石と同様に恣意的な設定が出来事の成り行きを左右しているという点では初めの三話までと変わりない。第四話はそうではなく、賢者の石とは関係なしに未明自身の意思が最も重要な決め手になっていてこの部分を気に入る読者は多いのかもしれない。僕も第四話そのものは収録されている中でいちばん面白い話だと思うけれども、事件解決のくだりが気に入らない。人を妬んではいけません、自分の弱さを認めましょうという、それ自体は誰にも否定しようのない正論が現世的な栄誉に未練を残した霊的存在に通用してしまうという安直さに納得がいかない。結局のところ、宝石にまつわるトラブルを解決するという表向きの出来事に注目する限りでは、この巻に収録された話はあまり面白いものではない。

もう一つ、話の出来を悪くしてしまっている理由として一部の登場人物の言動に説得力がないということがある。宝石の呪いだとか、亡霊の具現化といったオカルト的要素を除いても、出来事として普通ありえない不自然さが現実味を損ねてしまっている。第三話で呪いのブレスレットを池に捨てようとする男が登場するけれども、投げる先に人がいることに気づかないなんてことは考えられないし、さらに見ず知らずの人間に対して深刻な身の上話など普通はするわけがない。第五話では所有品の琥珀を偽物だと見破ったことが、家族の遺体と共に生活していた男の狂気を打ち砕いた根拠のように描かれているが、これもちょっと無理がある。この類の猟奇殺人は現実に起こっても不思議じゃない事件だけれども、琥珀はあくまで家族の永遠の象徴として意味を持たされていたのであって、その根拠ではないし、琥珀そのものは男にとって別にどうでもよかったはず。ただの象徴であることを超えて琥珀に何か重大な意味を持たせてしまうほどの、つまり琥珀が家族を永遠のものとしてくれるかのように錯覚するほどの深い狂気を描くには男の心理描写が足りなさ過ぎる。

この巻で本当に面白いのは、未明が事件の解決に取り組む過程で、自分自身の境遇についてのこの年頃の女の子らしい率直な心情と、現実に生き延びていく上で必要なしたたかな意志とのあいだの揺らぎが垣間見える瞬間だ。冒頭で多くの読者をいきなり萎えさせたに違いないいかにもわざとらしい不幸のどん底という設定が、決してわざとらしくなくなるわけじゃないが、しかし問題にならなくなる、そういう瞬間だ。どちらか一方に偏るのではなく、両方を同時に抱えているということがリアリティの根拠になっている。作者がこの主人公を善良なる薄幸のヒロインに仕立てようとせず、良い意味ですれた性格にしていることで可能になっている。すれた性格だから好感を持たない読者もいるかもしれない。しかし、こういう境遇を現実に生き延びるということはこうだろうという現実感が僕の共感するところだ。

この漫画は、真剣なドラマのような立回りとコントのようなコミカルな会話のやりとりとのギャップを自由に行き来して絵柄を臨機応変に変えている。このノリに僕はなかなかついて行けず、初めは読み進めるのがかなりつらかった。デフォルメされた絵柄で描かれる即席のギャグなど省いて終始まじめなドラマとして描いてくれてもよさそうに思えた。しかし、話をよく考えてみると必ずしも必要のない切り替えをやっているわけではなく、コミカルな絵柄でこそ描ける話のすじもあるということがわかる。第二話にこんな場面がある。明智の身柄を胡散臭く思い、身の危険を感じた未明が棒で明智を殴りつけて逃げるが、その後幼なじみの男に襲われてしまう。明智はその場に駆けつけるけれども、先ほどの件のせいもあって直ちに未明を助けようとはしない。ここで未明の吐くセリフがかなり強烈で、襲われてる最中の女の子にこんなことを言わせるのかと驚いた。この巻の中でも屈指の名場面だ。第一話で助けてもらった恩人に対して、誤解があるとはいえ、本気で殴って逃走するということは真剣なノリのままではあまりにも不自然だったに違いない。第五話でも同様に、未明が明智の経営する店の中のオブジェを勝手にゴミに出してしまうということが、絵柄を替えて描くことで成立している。本来ならば、バイトの身分の未明が店の物を勝手に処分するなど考えられないことなんだけれども、明智の態度を子供のようにコミカルに描くことで不自然ではないように見せている。要するに、第一話と第五話の例はともに本来は未明の保護者のような立場にあるはずの明智を引き離して事件に絡ませるための方便として絵柄の切り替えが使われている。僕のような読者がノリについていけるかどうかとは関係なく、その程度には意味を持っていると言わなければいけない。

結局のところ、この漫画は極端に不幸な境遇の主人公がただの弱者や犠牲者に留まらず、時折読者を驚かせる意外な一面を持っていることが、凝ったファンタジーにありがちな設定の恣意性に依存しない面白さの元になっていると言える。文句をつけたい点は多いけれども、最初の話を読んで設定や人物の関係を把握した時点では予想もしない面白さのある一冊だ。

Rating
5/10