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The Nobody

The Nobody by Jeff Lemire: Cover
  • The Nobody
  • Author: Jeff Lemire
  • Publisher: DC Comics/Vertigo
  • Release: July 2009
  • Size: 26.5cm x 18cm
  • Format: Hardcover
  • ISBN: 9781401220808
  • 144 pages
  • $19.99

レビュー

H・G・ウェルズの透明人間から設定を部分的に借りた翻案物。全身を包帯で巻いた不気味な男が小さな田舎町を訪れたことから始まる騒動の顛末を描く。作品のテーマは自分の好みだけれども、キャラクターの造形に難があって作者がやりたかっただろうと思えることがうまく実現できてないように思える。

主人公グリフィンが全身に包帯を巻いて真っ黒のゴーグルをかけているのは、街の人たちへの言い訳とは違って、言うまでもなく透明人間であることを隠すためだ。みずから化学的に合成した薬品を飲むことによって体が透明になったということは描かれているが、その目的や動機は明かされていない。それでも、この薬品の摂取には副作用が伴い、それがグリフィンの身にまつわる悲劇の原因であることが彼の回想から推測される。つまり、麻薬常用者にとっての麻薬のように半ば自業自得の因果関係が示されている。この作品のなかで透明人間であるということはそういう意味を持たされている。

グリフィンがモーテルに宿を取り、しばらく滞在することになるラージマウスという田舎町は人口が少なく、観光の目玉と思しきバス釣りも今はオフシーズンで、外からやってくる人間は極めて稀ということになっている。この全身を包帯で覆った謎の男について街の人びとがあれこれ詮索する様子には、人によって程度の差こそあれ、明らかに根拠のない偏見が混じっていて、その点では彼らの態度には外部からの訪問者への寛容さや公正さが欠けていると言えるかもしれない。しかしながら、僕が読んだ限りでは街の人びとの反応はそれほど酷いものとは感じられず、実際の問題として仕方がないように思える。見た目が異様だからという理由で宿を追い出したり、法外な料金を請求したりするならば明らかに問題だろうけれども、彼らはそんな極端な行動には出ない。酒場など人の集まる場所で噂話に花を咲かせるだけだ。むしろ、彼らのうちの一人が言うように、指名手配犯が姿を隠して逃げている最中なのではないかと疑ってみるほうが健全な考えだろうと思う。その意味で、僕はこのラージマウスの住人たちに対して嫌悪感も抱かなければ、特に変わった人たちだとも思えない。世界中どこででも田舎の人びとというものはこういうもんじゃないかと思える。

ヴィッキーは16歳の少女で、街の人びとの中ではただ独りグリフィンに対して好意的な態度で臨み、積極的に接触を図る人物として登場する。タバコを吸ってるからということもあるけれども、実際の年齢よりも少し大人びていて、精神的にもしっかりしているように見える。彼女はラージマウスをとても退屈でつまらない場所だと考えていて、出来ることなら大都会に出てみたいと思っている。そのことが外からやってきたグリフィンに興味を持たせ、機会があれば何かと彼に話し掛けたがるというところまでは理解できる。ところが、作者は田舎暮らしに飽きた少女の素朴な関心という程度を超えて、ずいぶん大胆にグリフィンと行動をともにさせてしまっている。これが説得力に欠ける部分だ。田舎暮らしが退屈だということはわかるけれども、だからといって正体のわからない男に連れ添って逃げ出したいとは普通考えないだろう。家出をしなければ気がすまないというほどにまで切羽詰っているようには思えないし、また町を出て行きたければいつでも勝手にひとりで出て行けるはずだ。彼女はグリフィンの泊まっている部屋にたびたび出入りするけれども、年頃の娘ならもう少し警戒心を持って距離を保つのが自然じゃないだろうか。ヴィッキーは両親の不和という家庭の問題を経験していて、そのこともラージマウスを出たいと思う気持ちを後押ししている。しかし、彼女の母親は、作品のなかで描かれている限りでは、自分勝手な理由で家庭を放って行方をくらませたとしか解釈できず、むしろ残された父親に同情してラージマウスに留まりたいとヴィッキーが願ってもいいくらいの家庭環境じゃないだろうか。何がヴィッキーをそうまでしてラージマウスから出て行きたいと思わせ、なおかつ正体不明のよそ者に付き添いたいと思わせるのか、こういったことについての動機の説明が不充分だ。

ストーリーは、包帯男の滞在に街の人びとが慣れて、もうそれほど話題にもならなくなった頃に彼が不意の訪問者を迎えることによって急展開を見せる。あることないことについて嫌疑をかけられ、保安官に率いられた街の人びとによって追われる羽目に至る。街の人びとの怒りには前述した通りの偏見が含まれていてこの部分が作品のテーマに絡んでいる。カバーの袖にはこんなふうにそのテーマが紹介されている。

As Griffen takes up in the local inn, the residents of Large Mouth are driven into a frenzy. In the end, however, it's their own secrets that will be unwrapped, revealing the scarred underside of small-town America.

僕はこの紹介文を読んでこれは自分が気に入るタイプの作品だろうと思って手に取ったわけなんだけれども、実際に読んだ後ではこのようなテーマが先にあってそれに合わせて無理やりキャラクターを動かしてドラマを作り上げたというように思えてならない。人びとがグリフィンに対してかけた疑いのなかには明らかな誤解があるものの、それはその時点では仕方がないといえるものだ。さらに、取ってつけたような人種差別を街の人びとの怒りに加えてしまったのには辟易した。人種差別が良くないことだという意味ではもちろん文句をつけるつもりはないが、差別の問題をフィクションとして描く上でよく出来ているかという意味ではとても褒められない。また、その差別の対象となる人物が、グリフィンの逃亡を手助けする動機も作品のなかで描かれてなくて不自然だ。

作者はヴィッキーに対してグリフィンの素性をほとんど明らかにせず、その正体が謎のまま彼に興味を持って接近するという態度を終始に渡って取らせている。両親の不和という問題もあり、退屈な田舎から逃避したいという願望もある少女が、正体不明のよそ者に何かの共感を覚えて連れ立って逃げ出したいと思うという展開はフィクションとしては充分にありだと思う。しかし、それを上手く描けているとは到底言えない。ふたりはグリフィンの部屋でともに時間を過ごすんだけれども、テレビで古い映画を見るくらいで、とくにそれ以外に何かあるわけでもない。ヴィッキーがグリフィンに対して恋愛感情を抱いているわけではないということは明確に描かれていて、そのことは作品のテーマをぼやけさせないためにもむしろいいことだと言えるだろうと思う。しかし、それならなおさら16歳の少女が正体不明の包帯男に惹かれる理由を見つけなければならない。たとえそれが彼女の一方的な誤解であっても構わないんだけれども、ふたりの気持ちが交錯する瞬間はどのページをめくってみても見当たらない。やはり、不自然なまでにヴィッキーがグリフィンに肩入れしすぎていると感じられてしまう。

僕にとってこの作品がいちばんおもしろく感じられたのはヴィッキーがはじめてグリフィンの部屋を訪れた場面で、会話のやりとりがキャラクターを謎めいたものに見せていて、初めて読んだ際にはその後の展開に大いに期待をかけた。透明人間であるグリフィンはその正体を隠さなければならず、本来なら他人と会うことを避けるべきなのに、少女の訪問を疎ましく思うことなく、部屋に上げたことがまず意外だった。もちろん相手が若い娘だからという下世話な事情でないことは言うまでもない。少女の訪問の理由について、彼が年甲斐もなく自分への憐憫によるものではないかと意地悪な問いかけをしたことに対してヴィッキーは即座に打ち消す。グリフィンも失礼なことを言ったとすぐに謝るんだけれども、この奇妙なやり取りは実際には透明人間のキャラクター造形とは特に関係がない。せいぜい薬品の副作用で精神が不安定だったためじゃないかと推測させるくらいで、重要な意味を持たされていないのが残念だった。

絵柄は、一部のキャラクターの鼻が正面からの視点では四角く、顔の三分の一ほどの大きさにもなる描き方が特徴的で、これを見ればこの作者だとすぐに見分けがつく。背景はかなり荒っぽく単純に描かれていて、率直に言ってどこを褒めていいのかわからない。街の通りの遠近感の表現は素人目に見ても適当で、線画で構成された往年の3Dゲームでも見てるみたいだ。車はボール紙の工作のようで質感に乏しく、コマ枠の線がきっちり引けてなく、はみ出している箇所があるのとあわせて、適当に引いてもあまり差し支えがないと思える線は本当に適当に引いているんだろうなと思わせる。

結局のところ、よそ者の正体を不審に思う街の人びとの反応を掻き立てることによって、逆に彼らの持つ偏狭で差別的な本性を暴き出すという批判的な視点そのものは良かったと思う。しかし、よそ者に敵対する街の人びとの反応はどちらかと言えばごく自然で順当なものであり、それからたった一人彼に好意を寄せる少女については、作者が意図した話の筋を担えるほどには説得力をもってその動機が説明されているとは言いがたい。結果として、コンセプトが先走ってしまい、それぞれの立場を担うキャラクターを上手く創りあげられなかった残念な出来に留まっている。

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6/10