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Miss Don't Touch Me

Miss Don't Touch Me: Cover
  • Miss Don't Touch Me
  • Author: Hubert & Kerascoet
  • Publisher: NBM/ComicsLit
  • Release: December 2008
  • Size: 23cm x 16.8cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 9781561635443
  • 96 pages
  • $14.95

レビュー

Miss Pas Touche の英訳版。オリジナルの La Vierge du Bordel 及び Du sang sur les mains の二巻を合わせて一冊にしている。殺された姉の仇を討つため、犯人の手がかりを求めて娼婦の館に単身で乗り込んだ妹による真相究明と復讐を描くストーリー漫画。犯罪の現場となる場所の物理的な構造や登場人物の政治的及び社会的な関係など作品設定の重要なポイントに当時の時代背景を反映させて上手く利用しており、さまざまな設定がストーリー上の辻褄合わせのために作者によって取って付けられたという恣意性を感じさせず、とても自然な仕上がりになっている。筋立てにおいては、主人公にとって誰が味方で誰が敵なのかという人間関係の真実が読者の意表を突く形で解き明かされてゆき、最後の最後まで退屈させることがない。絵柄についてはお世辞にもこのストーリーにとって最適と言えるものではないけれども、ひどい減点というわけでもない。掘り出し物とはまさにこういう作品のことじゃないだろうか。漫画のレビューを書くブログをやっていながら、気が向いたときにしか漫画を読まない僕のような怠惰な読者にとっては、これが早くも今年最大の収穫になったとしても別に不思議じゃないだろうと思えるほどの傑作だ。あえて付け加えると、それは僕が年内に手に取って読むことになる数少ない外国漫画に限った話じゃなく、国内の漫画もすべて含めた意味でそう言っているつもりだ。

この漫画が最もよく出来ている部分は全般的な設定の施し方にある。フィクションとしてのその他の側面についてはおおむね平凡と言っていいんじゃないかと思う。登場するキャラクターが魅力的かというとそんなことはない。いちばん重要であっていいはずの主人公などはむしろ出来が悪い。作画は美麗だとか繊細だとかいうような賛辞は似つかわしくなく、せいぜい無難といったところだ。ストーリーについては一概に良いとか悪いとかは言いがたい。ストーリーを構成している出来事のなかでもっとも重要で特徴的であり、全体の幹をなすのが一連の猟奇的殺人事件であり、その真相究明と解決の過程が枝葉をなしている。一般に猟奇殺人がショッキングで陰惨な出来事であるという以上の、特に変わった面白おかしい出来事を描いているわけではない。ただし、それらの犯罪をどのように作品の中で成立させ、なおかつ100ページ足らずの紙幅にコンパクトに収めているのかという設定の仕方が凝っている。要するに、設定が巧妙な漫画ということだ。

作品の舞台となっているのは1930年代のパリで、主人公のブランシュが外出時に被るクローシュハットに代表されるような当時の風俗がよく再現されているものと見える。しかし、この作品がよく出来ているのは、単に時代考証をよくやっているということではなく、ストーリーを成り立たせる重要なポイントに時代背景を活かしているということだ。その一つは当時普及していたテクノロジーの水準に基づいて犯罪が成り立っているということだ。ブランシュの住んでいる建物は付近に地下鉄が開通して以来、壁にあからさまなひびが入るほどの損傷を受けている。密接して建っている隣の建物は崩壊を防ぐために表の通りからつっかい棒をあてがわれてさえいる。これは見た目にはいかにも滑稽で漫画的な表現に見えるけれども、当時の建築の実情に照らし合わせて決して大げさではないんじゃないかと思う。現在でも近所に線路が通っている場所で床のタイルにひびが入ったりするのは実際にあることだ。しかし、この作品の中では住居の壁に蔓延った亀裂が主人公姉妹を襲った悲劇の原因になっている。風が吹けば桶屋が儲かる式に言うと、近所に地下鉄が通ったせいで猟奇殺人の犠牲になったいうわけだ。被害者は平穏で変わることのない毎日を過ごしていたに過ぎず、また加害者のほうは決して気まぐれな通り魔などではなく、慎重に人目を憚って凶行に臨んでいて本来なら二者に接点などあるはずがない。著者はこの物理的なテクノロジー上の問題に、当時の社会階層的な待遇といかにも近代的な都市空間の利用のされ方とを組み合わせることによって、起こりそうにない出来事を見事に実現している。社会的に接点がない二つの存在を実に合理的に結び付けていて、まるで起こるべくして起こった犯罪であるかのように思えてくる。また、同様にテクノロジーに関連しては当時の科学捜査の程度の問題がある。ブランシュの姉が殺された事件において指紋の採取や足跡の鑑定など現場に出入りした人物を特定するための綿密な科学的捜査が行われていれば、そもそも平凡な一市民であるところの主人公が大それた冒険をする羽目には至らなかっただろう。もっとも、これにはテクノロジー的な限界ということだけではなく、たかがメイド一人のために警察が本気を出して徹底的な現場検証を行う気にはなってくれないという社会階層的な問題もある。いずれにせよ、当時の実情にかなった処遇に違いない。

もう一つ設定として活かされている時代背景は、舞台となる場所を取り巻く当時の社会情勢だ。パリの郊外で開かれるダンスパーティーに出かけた若い女性が翌朝になってバラバラに切断された遺体として発見されるという事件が相次ぎ、 The Butchcer of the Dances として新聞で報じられ、人びとを恐れさせていたという事情がある。この切り裂きジャックを彷彿とさせる凶悪犯罪の横行は治安の悪化の象徴であり、公娼制度が敷かれていたこととあわせて風紀粛正を求める人びとの声を募らせていた。こういった社会情勢がこの作品の中で巧く描かれていると思えるのは、本来はただ話のすじを通すために必要に応じて作者によって選択され用意されたに過ぎなかったとしても不思議ではないそれぞれの設定が、時代的なあるいは社会的な裏付けを持っていて、現実の社会の中の集団や個人がそうであるように互いに圧力をかけたり、利益を受けたり、共存を図ったりというように立場に応じて合理的に結びついているということだ。さらに、それらの社会的関係がこのストーリーの核心に潜む犯罪を成立させる根拠にも絡んでいて、加えてキャラクター描写に深みを出すための土台にもなっているということが凄いところだ。具体的に説明すると、主人公が乗り込んでいくポンパドゥールという高級娼婦の館は元は修道院だった建物を改装して営業しており、しかもすぐ近所に教会があるという事実が挑発的なものと見なされ、市民団体による猛烈な抗議活動の的になっている。そのため、ポンパドゥールを取り仕切るマダムは顧客の政治家に庇護を求めている。いっぽう、政治家は猟奇的殺人事件の続発に煽られた世論の風紀粛正を求める声を無視することはできないが、かといって高級娼婦を求めて集う自分たち政治家や官僚のサロンと化しているポンパドゥールを潰すわけにもいかないというジレンマに置かれている。ポンパドゥールを激しく非難する市民団体の姿勢そのものは一方的で、ある意味では身勝手なものに見えるけれども、作者は街角で貧しい人びとに炊き出しを行う修道女たちの姿をさりげなく挿んでおくことによって、素朴なキリスト教的信仰心に基づく安息を願う人びとの立場への共感を仄めかすことも忘れてはいない。三者三様の立場と言い分が説得力をもって形作られている。ポンパドゥールが元は修道院だった理由について作品内で語られてはいないが、偶然そうなったというよりはむしろ背徳的な扇情を狙ったものとして(売春を営業する立場からすれば)じゅうぶん納得のいくものとして理解できる。また、一般的に言って修道院のそばに教会があったとしても不思議ではない。しかし、付け加えなければならないのは、この修道院を改装して営業している高級娼婦の館と教会とが近くにあるということは、それ自体は特に意味のない偶然の事実であるように思えるけれども、実はこれもまたストーリーの核心に絡んでいてこの設定がなければ全体が成り立たないほど重要なものであるということだ。要するに作者は、公娼制度という戦前のいかにも時代めいた設定を利用して、ごく当然と思われる三すくみの社会的関係を張り巡らせ、実はその背後に驚くべき凶悪犯罪を物理的及び社会的に成立させるための根拠を密かに築きあげたというわけだ。

主人公のブランシュは姉が殺された際の状況から犯人一味が The Butchcer of the Dances であることを確信し、一連のバラバラ殺人の犠牲者の一人である売春婦が勤めていたポンパドゥールへ忍び込むことを目論む。普通のメイドとして暮らしていた主人公と娼婦の館という取り合わせは、彼女を新入りの立場においてその驚くべき内情を読者と同じ視点から明らかにするとともに、どこの集団にもありがちな新人いじめとその克服といった副次的な筋立てにもつながっている。さらに、この高級娼婦の館を訪れる客層について主人公がまだよく知らされていないということから思いがけないユーモアが生まれている。暗い世相を背景にひたすら陰惨で残虐な事件を描くこの漫画の中で、唯一大笑いすることが出来る箇所だ。

ポンパドゥールにおけるブランシュの役割はほかの一般的な娼婦とは違ってかなり特殊なもので、フィクションとはいえ実に見事な仕組みでもって成り立っている。ブランシュは姉の仇を討つための手がかりを求めてポンパドゥールに潜り込んだわけなんだけれども、娼婦として自分の体を売る気など毛頭ない。その気がなければ叩き出されてもおかしくなかったところを、たまたま空きが生じていた特殊な役職にありつくことで居場所を得ることに成功する。単純に言うとSMの女王様なんだけれども、その Miss Don't Touch Me という呼び名の通り、顧客は彼女に指一本触れることさえ許されないということ、そして処女であるということが売り物になっている。つまり、セックスが目当てではなく、ただ処女にしばかれることを望む男たちが顧客になっている。考えるまでもないことだけれども、指一本触れずに本当に処女であるかどうかなど確認できるはずがない。ただの宣伝文句に過ぎないのではと疑われても不思議じゃない。この問題は実は公娼制度によって解決されている。売春婦を対象とした性病検査が定期的にあり、その際にブランシュは診察にあたる国家機関の医師によって処女であることが確認されている。つまり、国家によって認定された処女というわけ。この診断結果のファイルをどこかの官僚がコネか何かでもって盗み見て顧客として訪れ、さらにまた口コミで噂が広がるといった感じでブランシュは評判になっていく。言わば公娼制度を敷くことで可能になる倒錯趣味というわけで、これはもう見事というほかない。何かの間違いで僕がこの国の独裁者に君臨する機会があったら是非とも導入してみたいシステムだ。

ブランシュが娼婦の館で仕事にありつきながら、なおかつ処女のままでいられるということにわざとらしさや主人公ならではの身に過ぎた優遇のようなものを感じる読者もいるかもしれない。つまり、たった一人の肉親である姉を殺されてほかに身寄りのない主人公が、その仇討ちの過程で不本意に処女まで奪われるというのは気の毒で見るに耐えないだろうという作者の配慮を感じる向きもあるかもしれない。さらに、それまでごく普通のメイドとして生活してきて特にその筋の専門的な訓練を受けたわけでもない主人公が特殊な役職にすぐ適応して売れっ子になってしまうことに対して、リアリティよりも筋立ての都合を優先した不自然さを覚える読者がいても当然だろうと思う。しかしながら、粗筋だけ知らされたらそのように不満を持っても不思議ではない主人公の処遇については、実際に彼女の仕事振りを絵でもって示されると見事に納得させられてしまう。どういうことかというと、鞭打たれることを望む顧客の、しかも上流階級に属する中高年の顧客の醜悪な姿から読者の嫌悪と憐憫を掻き立てて主人公の心情と同調させ、迫真の演技にリアリティを持たせることに成功しているということだ。

この作品の中でのキャラクターの描写については、同じ社会的階層の中の異なった意見や対立する関係を示すことによって、立場に応じたリアリティを出しているところに特徴があると言っていいと思う。作者には明らかに下層の人びとへの同情があるけれども、いたずらに階級対立を煽るような描き方ではなく、むしろ同じ階層の中で張り合ってる関係を取り上げている。この作品の冒頭で主人公の姉のアガタとその友人のジェニーがダンスパーティーに出かけた夜のことを描いている場面がそれにあたる。ふたりは表面的には終始のんきな様子だけれども、メイドで生活をしているふたりにとっておそらく唯一の楽しみの時間であり、凶悪な連続殺人事件が振りまく恐怖のさなかをおして夜中に徒歩で遠出をしている。ダンスパーティーの場ではではどちらも寄って来る男に碌なのがいないと嘆いてみせたが、帰り道では出逢いの可能性の優劣について互いに張り合っている。地味だけれどもとてもいい一部始終だ。実際にセリフで語られている以上の、境遇に即した切実なバランス感覚とでもいうべき心情が現れている。

ブランシュは主人公ながらあまり上手くできているキャラクターだとは思えない。元もとごく普通のメイドらしく、特に推理だとか調査に秀でているわけではないことが筋立てにも関係してくるのは良いと思う。特に先入観を利用して上手く読者を騙すことには成功している。しかし、分不相応にもアクションスター張りの活躍をしてしまう箇所が一部にあってそこが残念なところだ。また、亡くした姉のほかに身寄りのない彼女が仇を取るために潜入捜査のようなことを行うということは理屈の上ではわかるんだけれども、あえてそこまでやるという心情の実感として訴えてくるものに乏しい。日本の漫画であれば十中八九は生前の姉の回想にページを費やして情に訴えるに違いない部分だ。別に日本の漫画のやり方に倣うべきだとは言わないが、それに代わるものがないため物足りなく感じる。犯罪に携わっている登場人物たちについては、それぞれ裏の顔を隠すために振る舞う際の違いに人間性が出ている。犯人としては最も意外に思える人物についてそれが顕著で、犯罪の狂気と日常の平穏とを行き来する精神の歪みの正体には絶句させられてしまう。

ストーリーは全体から見れば猟奇的連続殺人事件とその解決ということなんだけれども、勧善懲悪的に被害者を救済して加害者を断罪するという内容には必ずしもなっていない。部分的には残酷なほどの社会的リアリズムを貫いている。つまり、悪事の程度に応じてそれぞれの登場人物が報いを受けているかというとそうではない。筋立てにおいて広げた風呂敷は最後きれいに畳んでいるが、一部の登場人物の処遇にこだわる立場からすればこれはすっきりしない終わり方に違いない。

絵柄については、主人公が復讐のため怒りを募らせるような感情が高ぶる場面で決定的に力不足。デフォルメされた表情が何か意固地になってる子供のようで場違いなものになってしまっている。表紙に見られるようなすました顔では特に問題ないんだけれども。いっぽうで、ポンパドゥールの客として登場するような中高年たちは醜悪にもコミカルにも描けていてとてもいい。

普通、ある漫画を気に入るというのは話のすじに応じてキャラクターの心情がよく描けているとか、あるいはキャラクターそのものが魅力的だとか、絵が綺麗に描けているとか、そういう具体的な理由を持つものだと思う。この漫画のように歴史的あるいは社会的な条件からごく自然に設定を取って、それを巧妙に筋立てに活かしているのがいいんだというような理由でもってひどく作品を気に入ってしまうということは滅多にないことだ。

補足

どちらが姉か妹かということは明言されてないけれども、アガタがブランシュを子ども扱いしてからかう場面があるのでおそらくアガタが姉と理解していいんじゃないかと思う。

Rating
9/10