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Sixteen Miles to Merricks and Other Works

Sixteen Miles to Merricks and Other Works: Cover
  • Sixteen Miles to Merricks and Other Works
  • Author: Barnaby Ward
  • Publisher: Frogchildren Studios
  • Release: August 2008
  • Size: 27.9cm x 20cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1605851507
  • 208 pages
  • $29.95

レビュー

記載されているプロフィールに拠れば、著者はカリブ海の東の端の島国バルバドスに在住とのこと。本書は著者初の作品集で、四本の短篇漫画に加えて三十ページほどの雑多なイラストを収録している。むしろ掌篇といってもいい程に短い三つの作品については、奇抜な着想の視覚的な表現で読者を驚かせるところが肝と言っていい内容であり、著者がグラフィックデザイナーやイラストレーターといった仕事を本業としていることを良くも悪くも意識せずにはいられない。その一方で、表題作となっている Sixteen Miles to Merricks は入り組んだ話のすじや人物の描写の深まり方などが充分にストーリー漫画と呼べる条件を兼ね備えていて、普通に漫画としておもしろく読める内容になっている。

"Merricks" というのはバルバドスに実際にある海岸の地名らしい。ウェブで探すとその方面の観光業のサイトがいくつも見つかる。この表題作はほぼ限定された登場人物として二人の若い男女をあしらっていて、唐突で奇妙な出会いに始まり、紆余曲折を経ながらも連れ立ってメリックスを目指して異世界からの脱出を図るという、ロマンス含みの冒険劇のようなすじをたどっていく。ところが、終盤に入ってからふたりはバカンスを過ごすために現地へやってきたカップルとして描かれ、読者の意表をつくことになる。実は冒頭から終盤に至るまでの話のすじが夢の中の出来事だということを明かしても、ひどいネタばれにはならないだろう。決して、この泡沫ブログのレビューを読んだうえでこの高価な漫画本を買おうと考える人間などいるはずがないと踏んでいるからではない。ふたりのさまよう巨大な地下通路のような異世界が夢の産物であることはそれなりに暗示的に描かれている。あるところでは人間が通ることを前提としているとは思えないほどに非合理的な造りだったり、またあるところではまるで芸術家のデザインしたオブジェのようだったりと。また、通路の壁に同じモチーフの絵画のバリエーションが延々と飾られていて、まるでふたりの運命の予兆であるかのように思わせるところはかなり露骨だ。読者がみな多かれ少なかれ描かれていることを額面通りには受け取らず、何かおかしいと疑いながら読み進めるだろうことは間違いない。

話のすじの上では終盤になってからそれまでの展開が夢の中の出来事であったことが明白に読者に知らされるわけなんだけれども、これは単純な夢オチとは違う。夢の中でふたりは現実世界と同様の姿形をして現れるけれども、性格や相互の関係意識などそれぞれのキャラクターを理解する上で重要な点において異なっている。バカンスを楽しみに来ていたはずのカップルが夢の中ではよそよそしい赤の他人として現れたこと。危機的な情況に置かれているにもかかわらず、互いにそれほど気持ちの上で打ち解けていないこと。こういった薄情な関係は、事前に計画していたようにはバカンスを満喫することができていないふたりの苛立ちや不満に根拠があるように思われる。つまり、夢の中のふたりは現実のふたりの疎外感の表象と言っていいんじゃないかと思う。夢はそのように使われている。

主人公チャドウィックが恋人のナタリーを連れて旅行で現地に滞在していた時の心理を作者は決してくどくどと説明したりはしない。地の文による解説や補足は一切ない。あくまでカップルらしい会話のやり取りだけで済まされていて読者は主人公にとって何がいちばんの問題だったのかということを推測で補って理解しなければならない。後悔したことの追憶であるかのように繰り返し挿入される波打ち際での場面。チャドウィックの手首のタトゥーの文様。安いチケットを入手するためにビジネス旅行だと偽っていることなど。チャドウィックの心のうちを明確に知ることは出来ないけれども、ある程度には想像がつく。いっぽう、ナタリーのほうは夢の中でのいかにも心許なく落ち着きのない振る舞いとは対照的に、現実世界での快活で時折辛辣にもなる性格がとても鮮やかで、チャドウィックの漠然とした心理を炙り出すように描かれている。

作者の筆致はページが進むに連れて荒っぽく太い線が細く繊細なものに徐々に移り変わっている。これは単純に描き続けたことによる習熟なのか、意図的にそうしたものなのかはわからない。意図的なものであるならば、登場人物が夢の中の曖昧で漫然とした人間関係を持っている状態から、明瞭で内省的な状態へと変わっていくことに対応しているのかもしれない。

ナタリーのキャラクターデザインは上半身が細身の割に腰まわりが肩幅と同じくらいに大きくしっかりしているところが真っ先に目を引く。髪型が、子供向けのアニメやテレビゲームのキャラクターによくあるような鋭い波形の固まりになっているのに対して、足腰だけやけにリアルで肉感的だ。さらに、彼女の着ている裾の長いポロシャツのような服は姿勢によって時折パンツが覗くようになっている。ストーリーにとって特に必然性がないうえ、またほかの作品に登場する女の子も同様に太腿を露わにしていることから、別に茶化すつもりはないけれども、これは作者のそういう趣味によるものなんじゃないかと思う。

Rooftops Title Page
Rooftops

残りの三つの作品のうちで Rooftops が最も不可解な内容だ。テレビ映像を受信する(?)奇怪な仮面のようなものを持った女の子が屋根伝いに高いほうへと登っていき、中断された元の映像を再び見ることが出来たというような話で、それに最後のページを加えて全体として意味をなすというものなんだけれども……。最後の一ページに意味が集約されていて、ちょっと驚かせるようなものがそこに描かれていることは見ての通り。しかし、作者がそれで何を言いたいのかがわからない。ただ、女の子が屋根を登っていく際に、遠景の山並みや空の雲と近景の屋根との遠近感や高さを、上下左右に巧みに切り替わる視点によって表現していて、そのおかげでなんてことのない短篇をひどく退屈させることなく何とか読ませているというくらいのことは言えるかもしれない。

Sixteen Miles to Merricks のすぐあとには8ページにわたって同作品のファンアートが収録されている。イラストを提供した人の多くがウェブサイトを持っていて、各人の名前とともにウェブサイトのURLまで併記されている。この漫画が少なくとも部分的にウェブで先行して公開されていて、それなりに人気を博していたということなんだろうと思う。とはいうものの、初めて出版される当の作品のファンアートをその本自体に収録するというのは異例のことに違いない。

追記

2009-01-31

ちょっと評価が甘すぎたと思うので訂正。

Rating
7/10