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The Killer #6 The Debt Part Two

The Killer #6 The Debt Part Two: Cover
  • The Killer #6 The Debt, Part Two
  • Author: Luc Jacamon & Matz
  • Publisher: Archaia Studios Press
  • Release: October 2007
  • Size: 26cm x 17.5cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1932386491
  • 32 pages
  • $3.95

レビュー

半ば強引に押し付けられた「負債」を返済すべく、引き続き新たな雇い主の元で働く殺し屋を描く話。作者は仕事を控えた殺し屋にじゅうぶんな時間を与えることによって、本来存在してはならない違法な闇世界の住人が抱く地に足の着いた生活観とでもいうべき意見を引き出していてそこがなかなかおもしろい。その一方で、遅かれ早かれ衝突すると予期された主人公と雇用主パドリーノとのあいだには不穏な雰囲気こそ漂うものの、未だ決定的な対立には至らず、今後の展開の方向を仄めかす程度に留まっている。#2と#4がそれぞれオリジナルの巻の後半部にあたるだけあってかなりの盛り上がりが用意されていたのに比べると、この#6はおとなしい内容だ。

今回の話の主な舞台となるのはニューヨーク。殺し屋が相棒のマリアーノと現地まで赴き、標的を殺害して帰って来るというのがあらすじ。ニューヨークで麻薬の密売に携わる男が標的になっているということは、パドリーノが仕事を手がけている縄張りの広さを知らせてくれるものの、今後に禍根を残して報復を招くような出来事の端緒として描かれているわけではない。つまり、この殺しの仕事それ自体は単発的なものに留まり、今後の展開に絡んできそうにない。

作者は南米からニューヨークまでわざわざ殺し屋を出向かせ、滞在中の余暇の時間を使って、都市生活というものについて彼の思うところを披露させている。一大消費都市に身を置いた実感に基づいて語られるのは、毎日の反復的なライフスタイルや激しい貧富の差、そして消費文化について人びとへ向けられた皮肉であり、一般大衆から距離をおいて裏の世界で生きる彼の姿勢を反映したものになっている。おもしろいのは彼がそのように皮肉を言いながらも、仕事のために都市を訪れることを別に嫌っているわけではないということだ。大都市なんてどこも似たようなもんだ、人間なんてどこへ行っても皆同じだと嘯きながらも、この仕事が好きな理由として旅行ができることを挙げ、部屋で仕事のための呼び出しを待ち続けることができずに街の空気を吸いに人込みへ出かけていく。この相反する言動は、殺し屋がその時どきの気まぐれでものを言っているとか、まして作者の不注意によるキャラクターの性格の不一致などであるはずもない。本人による実感の表明に対してそれから外れる言動をあえて伴わせることによって、明確に語られない領域にキャラクター描写の含みを持たせる、この作者の好む手法と言っていいんじゃないかと思う。

殺し屋が仕事の際に同伴させることになっているマリアーノは、今回は仕事の前後にも彼と行動をともにする場面が多く、ふたりの会話が結構な分量になっている。ニューヨークでマリアーノが殺し屋を呼び出したのはいかがわしいナイトクラブで、おそらく殺し屋が独りではまず訪れることがなかっただろうと思われる場所。破格の報酬を稼いでいる割に日常生活ではむしろ地味で控えめな暮らし振りをしている殺し屋が意外な場所でマリアーノと意気投合するのと同様に、ふたりは消費文化へ向ける皮肉な眼差しについても一致している。このくだりは一足飛びに日付が進んで帰国の飛行機の中で交わされるふたりの会話に接続されていて、殺し屋とマリアーノの立場がどこまで一致してどこから食い違うのかということを際立たせるための前振りになっている。ニューヨークをその象徴とする富める者の世界に対してふたりの立ち位置は大して変わりないが、貧しきものの世界に目を向けるとそうはいかない。殺し屋はフランス人であり、マリアーノはコロンビア人だ。ヨーロッパ人がヨーロッパで行ってきた乱開発と自然破壊の過去を、南米で極貧にあえぐ農民が生計を立てるために熱帯雨林を乱伐採して麻薬の原料となる作物を栽培している現在に対置させることで、ふたりがそれぞれ拠って立つ土台と立ち位置を露わにさせ、その違いを殺し屋に気付かせている。ふたりは決して険悪な対立に至るわけでも何でもないんだけれども、スケールの大きな政治的問題を自然な会話の流れでもって主要な登場人物のあいだの緊張した関係に落とし込む手際が巧妙。

話のすじの上では今回はかなり進み方が緩慢で、出来事らしい出来事といえるのはニューヨークでの殺しの件のみ。その他の場面で緊張感を保たせているのは殺し屋とマリアーノの友好的な関係が齟齬を来たすことの予感だ。マリアーノはその迂闊な性格がじゅうぶんに殺し屋をうんざりさせる程であるのみならず、結局のところ殺しの仕事については初心者に過ぎないことを自ら露呈してしまう。殺人の実務を担うパートナーとして不適格であることに加えて、マリアーノの闇世界の住人としての心得もまた主人公とは相容れないものであることが今回のふたりの長い会話の果てに示される。パドリーノによって「負債」として押し付けられた契約関係が遅かれ早かれ破綻するであろうことは読者がすでに予期していることに違いないが、今回はそれを駄目押しするように具体的に描いて示してみせたといえる。しかしそれでも作者は主人公の殺し屋があからさまに嫌悪や憤怒の情を浮かべるようなわかりやすい安直な表現の仕方をしない。むしろずいぶんと殺し屋が寛容で忍耐強いことにちょっと驚くくらいに、少なくとも表面的には穏やかな人間関係を保持しつづけさせていて、彼の堪忍袋の緒がいつ切れるのかは読者の想像に委ねている。

殺し屋と相棒マリアーノとのあいだにおける控えめな緊張関係の描写は、雇い主パドリーノとのあいだにおいても同様。しかしながら、一方的に仕事を押し付けられる契約関係を早く終わらせたがっている殺し屋に対して、パドリーノが何らかの意思を抱いたらしいことが密かに描き含められている。これはいかにも漫画的な手法でもってなされていて、人物の気持ちを直接に表すセリフのテキストと、表情を形作る絵の両者とに単純に還元することができないものだ。ニューヨークでの仕事を首尾よく片付けた殺し屋はすでに自分の負債を完済したものと考えた上でパドリーノに向かって対等な立場を要求する。まだまだ自分の都合でもって仕事を押し付けていくつもりのパドリーノはそれを拒否する。ふたりの会話は片方が問い、もう片方が答える形で順番に進んでいき、途中でマリアーノが割って入る一コマはあるものの、原則的に一つのコマにひとりが交互に描かれている。高圧的な態度を象徴するようにパドリーノの姿はコマ枠の面に対してより手前に、あるいは割合においてより多くの面積を占めるように描かれている。契約に関する主導権はあくまでこちらにあるとばかりに断固とした態度をとるパドリーノに対して、殺し屋は説得に固執することなく急に話題を変える。彼が以前に手がけた殺しの仕事にパドリーノがこれまで知ることのなかった真実が含まれていることを告げる。殺し屋が饒舌な男だったならば、「むしろ負債を抱えているのはあんたのほうだ」とでも言っていたかもしれない。自分の知らない真実を教えられたパドリーノは驚き、殺し屋の勧めるとおりにその件について調査してみることを告げる。フキダシにはひとこと、I will. と返答するセリフが書かれている。言葉だけ文字通りに受け取れば波風立たずに会話が終わったかのように聞こえるんだけれども、実際のコマの展開を追って読んでくると実はパドリーノはこの時点でもう殺し屋への処遇について何らかの決断をしたんじゃないかと思わせるようになっている。どういうことかというと、それまで弱拍と強拍を交互に繰り返すリズムのように殺し屋よりもパドリーノが威圧感をもって手前に、あるいは大きく描かれていたのが、会話の終わりの部分ではそのバランスが崩れている。殺し屋がパドリーノの知らない新事実を告げる箇所ではコマの三分の二ほどを殺し屋の顔が占めていて、口調は穏やかであるにもかかわらず、圧迫感を与えている。その直後のコマではパドリーノの顔は葉巻をくわえようとしている口元だけが描かれ、それまではっきりと窺うことのできた目つきが見えなくされている。殺し屋の横顔の接写につりあうだけの威圧感をもって描かれるのではなく、対決を避けるようにスッと視線がコマ枠の向こうへ外されている。表面的にはそれほど差し迫った対立には至らない穏やかな会話で終わったかのように見えるけれども、もうパドリーノは心のうちで自分に付き従わない殺し屋を始末することまで決意しているんじゃないかとさえ思える無気味な終わり方になっている。

結局のところ、このイシューで描かれているストーリー自体には重要で目新しい変化は乏しい。#7以降をまだ読んでないので断定的なことは言えないけれども、ともすればこの#6を読み飛ばしてもストーリーの全体を理解するうえで大して不都合はないんじゃないかとさえ思える。悪く言えばそうなんだけれども、逆に良く言うならば贅沢に紙幅を費やしてこれまで描かれてきたキャラクターの人間関係をさらに増幅させたということになるだろうと思う。

Rating
7/10