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Yoko Tsuno Vol. 1 On the Edge of Life

Yoko Tsuno Vol. 1: On the Edge of Life: Cover
  • Yoko Tsuno Vol.1: On the Edge of Life
  • Author: Roger Leloup
  • Publisher: Cinebook
  • Release: July 2007
  • Size: 28.7cm x 21.7cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1905460325
  • 48 pages
  • £5.99
  • Amazon.co.jp

レビュー

Yoko Tsuno はベルギー人の著者による漫画で30年以上の長期に渡って続いているシリーズ物。この巻に収録されているのは、吸血鬼の存在を想わせる無気味な所業を繰り返す謎の組織の正体と目的を探るべく、日本人エンジニアのヨーコ・ツノが友人たちとともに奔走するというストーリー。古都ローテンブルクの美しい街並みを背景にアクションあり、サスペンスあり、親子の愛情あり、そしてちょっとしたユーモアもありといった盛りだくさんの内容でまったく飽きさせない。キャラクターデザインに致命的な難があるものの、話の展開の目まぐるしさにはそんな欠点もしばし忘れさせてしまうほどの魅力がある。

これは最近イギリスの出版社から刊行が始まったばかりの英訳版第1巻なんだけれども、オリジナルは1978年の La Frontière de la vie でシリーズの第7巻にあたる。なぜ途中からの刊行なのかということについては本書の中で特に何の断りもない。ほかの巻にどんな話が収録されているか知らないので比較は出来ないが、この On the Edge of Life は戦争の惨禍から何とかして尊い命を救いたいという人間にとって普遍的と言えるモチーフをストーリーの核心として扱っていることから、老若男女その他国籍等も問わず幅広い読者層に訴える「良い」内容のエピソードだと言える思う。その意味では中途半端なところであってもこの巻から翻訳を始めたのは悪くない選択なのかもしれない。

ストーリーそのものはこの巻だけで完結していて単独で読んで理解できるように描かれてはいるものの、これがシリーズ物の途中の巻だということを思い起こすと、読者としてすでに知っていてしかるべき設定についての説明が省かれたまま物語が進んでいるように感じられる。かなり風変わりな主人公ヨーコについての疑問が湧いてくる。表紙をめくると扉の部分にyoko tsunoと書かれたタイトルがあり、そのすぐ下にelectronics engineerと併記されている。エレクトロニクスエンジニアだけでは具体的なイメージが湧かない。話がいきなりヨーコの旅先から始まっているということもあって、普段どんな仕事に従事している人物なのかということもわからない。まあ、わからなくとも読み進めていく上では別に困らないんだけれども。実際、この巻では科学的な装置を用いて推論をしたり、隠されていた事実を発見したりといったふうにテクノロジーの力によって話の筋が進む局面が多く、ヨーコ自身もその種の装置の取り扱いに通じていてエンジニアらしい科学分野の専門知識を持っていることは読んでいくうちに明らかになる。それでも、エンジニアとしてのヨーコの専門性はほかの登場人物たちと比較して特に抜きん出ているというわけではない。むしろ彼女独特の本領は謎の組織の連中を相手にまわして披露する格闘や追走などの高い身体能力にあるかのように描かれており、アクション映画の主役さながらの派手な立ち回りを見せてくれる。そもそも冒頭の部分でローテンブルクに呼び出されたヨーコが、病床の親友のもとで期待された役割は実はボディガードということになっている。見た目は少女のような華奢な日本人女性がなんでドイツで当然のようにボディーガードとして振舞ってるのか? こういう面でのヨーコの際立った特徴については何の説明もないので奇異に感じられる。

主人公のヨーコについてストーリー上の役割のほかに違和感を掻き立てるのはその容姿だ。周りのヨーロッパの白人と区別するために強調されているからなんだろうが、ずいぶん奇妙だ。一重の平たい目つきは時折ふっくらとした下まぶたのおかげでちょっとふてぶてしく見える。アーモンドアイとか言えば聞こえはいいのかもしれないがヨーコのは要するに仏像の目つきだ。その目つき以上に気にかかるのは厚い唇をくっきりと縁取ってしまう口の描き方。これは今の日本の漫画のスタイルに慣れた目にはかなり抵抗がある。この口の描き方にくらべれば目つきのほうはまだましで、実際、ヨーコはマスクをつけて目から下を覆った姿で描かれている場面では美人にさえ見える。ヨーコの肌の色は周りの白人とは違う色で塗られていて、それが時折かなり強烈な黄色になっていてこれも気にかかる。いくら黄色人種だからってこれはないよと思えるようなひどい黄色でまるで黄疸の患者みたいだ。着ているものもかなり変で年齢や職業、そして日本人といったほかの特徴と合わせて統一的なイメージを抱くのが困難だ。特に初登場時の恰好は衝撃的。大学を出ている年齢のはずなのに子供のような服装のため、何かわざと若作りをしているような違和感がある。フリルのついた上品な感じの白いブラウスに袖のない真っ赤なワンピース。太ももを露わにさらけ出す裾の丈の短さも気にせず、ショルダーバッグを脇に携え、黒いハイヒールで泰然と往来を歩く姿からは、そういった特殊な趣味の客を対象にしたアジア系の街娼か何かと見紛ってしまう。表紙を初めて見た瞬間、これはマッドサイエンティストの女がいたいけな幼女を水に沈めている場面だろうと錯覚した読者は僕だけじゃないんじゃないだろうか?

ストーリーの核心には謎の組織の目論む極秘の計画がある。その守秘性とそれに相反する規模の大きさとの二つの性格がこの計画をストーリーの根本的な成立条件にしている。とても公にすることのできない秘密は謎の集団が吸血鬼じみた所業を繰り返す理由であり、しかしそれでも社会と完全につながりを断って絶海の孤島のような場所で計画を続けるわけにもいかないという矛盾がこの作品をミステリー仕立てにしている。空間的にも時間的にも規模の大きなこの計画をどのようにして社会の片隅で継続するのかという困難な問題に対して、著者はローテンブルクという長い歴史のある都市を舞台とした作品設定を十二分に活かすことで巧く答えている。謎の組織とそれを追うヨーコを中心とした仲間たちという対立関係でもって話の筋は進んでいくものの、純粋に悪と名指すような存在はない。実際、これは主立った登場人物たちが一同に会して話し合っていたならば初めから対立する必要などなかった、その程度の対立関係だ。したがって、ストーリーの全貌がつかめた時点で読者はちょっと退屈してしまうかもしれない。もっとも、著者はそれを見越していたかのようにアクシデントを用意していてクライマックスまで緊張を途切れさせるないよう努めている。

第二次大戦の悲劇、そして子を思う親の想いといったものを扱っているにもかかわらず、ストーリーからは徹底的に叙情性が排除され、感傷に浸るまもなくどんどん出来事が起こって話の筋が進んでいく。実際、僕はこの漫画を読み終わったあとにこれが正味44ページに過ぎない短編だという事実に愕然としてしまった。謎の提示からその解決、そして余韻たっぷりのエピローグまでしっかり描き切って完結している。話の筋の密度がもたらすめくるめくような感慨がある。

絵はフルカラーでローテンブルクの色鮮やかな街並みが綺麗に描かれていている。ただ、一部のコマではどう見ても背景の建築物を引き立てることを意図した構図の中に人物がちょこっと描き込まれているものもあって妙な感じもする。ヨーコが謎の組織の連中を追いかけたり、追いかけられたりする場面ではそれなりに躍動感をもって描かれていて全体的にはあまり動きの堅さは感じさせない。しかし、終盤のアクシデントでは一瞬の不意をつかれた驚きと出来事そのものの衝撃を特に強調することもなくさらっと描いてしまっていてここだけが残念なところだ。ストーリー上では対立関係のもつれとして起こっても不思議ではないアクシデントが絵的なしょぼさのせいでなんだかわざとらしく見えてしまう。

癖のあるキャラクターデザインを嫌って読まずに置くのは惜しいとてもおもしろい漫画。

追記

2008-10-04

元は絵柄に難があるという理由で8点をつけたけど、今ではちょっと厳しい評価だと思うので9点に変更した。

Rating
9/10