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The Killer #4 Vicious Cycle Part Two

The Killer #4 Vicious Cycle Part Two: Cover
  • The Killer #4 Vicious Cycle Part Two
  • Author: Luc Jacamon & Matz
  • Publisher: Archaia Studios Press
  • Release: April 2007
  • Size: 26cm x 17.5cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1932386394
  • 32 pages
  • $3.95

レビュー

完璧な殺し屋を自認する男が、折に触れて頭をもたげる心の内奥の葛藤に煩慮しながらも、何とか自分の信条と矜恃を保ちつづける様子を描く犯罪サスペンス。休暇中に起きた予期せぬ出来事から自分のフィクサーに対する一抹の疑念を抱いた主人公は、それでも最後の仕事に取り組むことを引き受け、そののち運命の岐路に立つことになる。裏切りの真相をあくまで読者に対して曖昧なままにしてあるのでその分含みを持ったスリリングな展開をもたらし、そして最後には五里霧中の只中に孤立させられた主人公の不安をさらに煽る引きにもなっている。

今回の話では裏切りと復讐という、殺し屋を登場人物とするようなクライム・フィクションではよくありがちな出来事が中心になっている。これらの出来事は殺し屋の抱く信条がどれだけ徹底したものであるかを明らかにすると同時に、決して彼がそれだけで割り切れるほど冷徹で合理的な存在でもなく、人間らしい恐怖への予感がうごめいていることをも炙り出していておもしろい。

主人公の携わる殺し屋稼業は一般人から依頼を受けて報酬と引き換えに誰かを殺害するというもの。もちろん実際に手を下す本人が依頼人と直接に金銭の授受などの取り引きをするはずもなく、フィクサーとしてあいだを取り持つ役目を担う人物が存在する。主人公にとってこれまでフィクサーとして立ち回ってきたのはエドゥアルという弁護士で、秘密裡に危険な仕事をしなければならない殺し屋の主人公にとっては唯一の信頼すべき友人だ。殺し屋は最後の契約としてエドゥアルから引き受けた仕事の最中に自分への裏切りの痕跡と思われる異変に気がつく。当然むざむざとやられるはずもなく、彼はすみやかに自分のなすべき行動を取るんだけれども、こういった事態に際して彼の心中は驚くほど冷静で人ごとのように客観的に捉えている。まさに自分の命を狙った殺害計画に対して、その道のプロとして出来栄えを部分的であれ評価してみせる余裕すらある。また裏切りが年来の、そして唯一の友人によるものであるにもかかわらず、怒りや憎しみといった感情が露わになることもなく、その動機に対して理解を示してもいる。自分への裏切りについての理解の仕方がいかにもプロの殺し屋らしい矜恃に基づいているのに対して、それに呼応する復讐の論理は殺し屋としての彼の根本を支える独特の信条から導き出されてきたものだ。自分へ敵対したから許せないとかいうような憎悪ではない。信頼や友情が損なわれたことへの恨みでもない。ミルグラム実験へ言及したときと同様に、命令と服従の相互責任の論理から裁定を下している。自らは危険を回避して他人に害を為す輩は戦争犯罪人に留まらず、いつでもどこにでも氾濫しているというのが彼の根本的な考えだ。そのような腐った世界に対して静かな怒りを募らせるところが、決して殺人を肯定するわけでも違法行為に荷担したいわけでもない一般読者の心情に訴える所以だ。つまり、やってることは殺人で当然のことながら違法だけれども、彼の論理にはある種の公正さがある。

殺し屋は復讐にためらうことはないが、自分の勝利を確信しているわけではない。復讐に及ぶことが更なる危険をもたらしかねないことを知っていて、自身の判断の正しさを危ぶんでもいる。あえて復讐に及ぶことを肯定する論理はいかにも冷徹な殺し屋らしい乾いた人間観を表すものであると同時に、すでにその復讐の代償をも予感として含んでいておもしろい。彼は信頼と友情を投資に見立てて、うまく投資すれば見返りは計り知れないが、失敗した場合の損失も計り知れないと言う。そして今回は失敗したわけだ。決して後悔や失望などを表に出すことがない彼の複雑な心境を端的に言い表したうまい喩えだ。それでも自分を肯定するために持ち出すのはアリゲーターのような獰猛な野生動物は身の危険を感じたらただでは済まないという理屈だ。またもやアリゲーターに自らのあり方を重ねたがる殺し屋の心理はとても示唆的だ。アリゲーターの世界はシンプルで正義も倫理も信条もない。そして人間はアリゲーターのようにシンプルに生きることが出来るはずもない。この殺し屋もまた人間であることには変わりない。

復讐に及んだあとも殺し屋が将来の自分の身を案じて安穏としていられないことは読者としては具体的な実感を欠くところだ。エドゥアルの背後にどんな人間関係があるのかまったく描かれていないからだ。エドゥアルと二人きりでこれまで殺し屋稼業を営んできたのなら、片方がもう片方を消してしまえば案ずることは何もないように思える。著者は具体的な不安と恐怖を提示する代わりに、殺し屋に意外な自問自答をさせることで効果的な演出をしている。一人の人間はどれだけの恐怖に耐えることが出来るのかと問いかけ、さらにどれだけの苦痛に、どれだけの裏切りに……と続けていく。

I read somewhere that God never gives us more than we can bear. I often wonder what that means.

Is he going easy on us or is he pushing our limits?

I know I'll never know the answer.

神が人間に与える試練と人間の限界とをめぐる形而上的な問いを、神の存在など信じるはずもないこの殺し屋が自問するにまで至っている。このくだりは彼が復讐を終えて帰路につく途中のもので、行き交う人びとの群を照らすきらびやかな夜の繁華街の大通りを背景に描かれている。大金を稼いでいるとはいえ、享楽的な消費とは無縁の生活を送るこの殺し屋の未だ見えざる恐怖とコントラストをなしていてとても美しい。そして最後には遠景にライトアップされたエッフェル塔を望むパリ市街の夜景を据えて、茫漠とした不安を空間の広がりでもって巧く表現している。

話の筋の進め方は前半と後半では対照的。最後の仕事に取り組む前半の部分では往年の回想を除いてリアルタイムで直線的に話が進んでいくのに対して、裏切りの痕跡が発覚してからの後半では直前に起こった出来事が回顧するようにたびたび挿まれて時系列を少し錯綜させている。殺し屋の主人公によるナレーションが連綿と続いていくけれども、コマの中の色調が明確に区別されているので現在と過去の回想とが混乱することはない。生きるか死ぬかのリアルタイムの駆け引きのスリルを捨てているのは惜しいかもしれないが、主人公による総括のナレーションで貫き通すことで殺し屋としての信条と覚悟の程をよく抉り出している。時系列が錯綜しているとはいえ、見た目には判然としているというのが曲者。パリに戻ってからの殺し屋を描く場面では、見た目に判然としていないために連綿と続くナレーションに騙されて時間の大幅な経過を読者にはっきりとは気付かせないことに成功している。自殺を偽装するための遺書を代筆する殺し屋による文面は彼自身の懺悔であるかのように誤読させ、さらに時系列がはっきりしたあとでも裏切りの真相が明らかになっていない現時点では彼の失意と後悔を反映したものとも読むことができる。

影を細かく描き込む画風はこの話でもよく活かされている。冒頭の殺し屋とフィクサーとの会話の場面では机上の電気スタンドを光源として背広の皺や顔に射した影をやり過ぎない程度に強調することによって、まるで警察の取り調べでもやっているかのような印象を与えている。殺し屋が仕事で訪れた雪山のホテルのバーでは、事件に一枚噛んでいる女の顔をカウンターの表面の照り返しによって自然に下から怪しく浮かび上がらせている。

刊行が大幅に遅れている英訳版の第1巻にはここまでの話が収録されることになっている。僕は個人的に(狭義の)コミックブック、何かのパンフレットみたいなペラペラの安っぽいコミックブック、1ページめくるたびに全面広告が入ってるような間抜けなフォーマットのコミックブック、本棚にしまうと何の漫画だか一瞥してわかりづらいコミックブックを買いつづけるのは嫌いで、TPBが出るのを待って買えばいいと思っているし、TPBが出ないような不便な作品は別に読めなくてもかまわないと思っているんだけれども、これに関しては#1からじっくり読んだ甲斐があったと思っている。かなりおもしろい漫画。

蛇足

表紙と見返しには副題として Vicious Circle と記載されているが、これは Vicious Cycle の誤り。

Rating
9/10