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The Killer #3 Vicious Cycle Part One

The Killer #3 Vicious Cycle Part One: Cover
  • The Killer #3 Vicious Cycle Part One
  • Author: Luc Jacamon & Matz
  • Publisher: Archaia Studios Press
  • Release: February 2007
  • Size: 26cm x 17.5cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1932386351
  • 32 pages
  • $3.95

レビュー

自らの心の闇との相克に苛まれる孤独な殺し屋を描いた犯罪サスペンス。オリジナルの第二巻の前半分にあたる。一難去ってまた一難。てこずった仕事を何とか片付けたものの、海外へ高飛びして余人の与り知らぬバカンスを楽しむという目論みには当初から監視の目が付きまとうことになる。結果的に主人公は誤解に基づく懐疑へと追いやられ、ともすれば殺し屋稼業にとって自壊を招きかねない新たなサスペンスをもたらしている。背景となる自然の草木の描き込みや陰影などLuc Jacamonによる作画はこれまでにも増して贅沢で、決して手が込んでるとはいえない今回の話の単調さを補って余りあるほど豊か。

前の話から引き続いて、主人公に疑いの目を向ける登場人物としてフランス警察の刑事が登場する。こいつの行動はかなり軽率でストーリーの現実味をちょっと損なってしまっている。事件の現場で偶然に怪しい人物を目撃してしまった以上そのまま追跡を続けなければならなかったということは仕方がないにせよ、仲間の応援の到着を待たずにずいぶんと危険を冒して単独行動に出てしまっている。銃器で武装している相手を追って、ジャングルのように樹木の生い茂る沼地の奥まで半ズボンにスニーカーという軽装でのこのこ出向いていくのは命懸けで仕事をするプロとしてどうかと思う。

主人公は休養のために滞在しているベネズエラでかつてその土地を歩んだことのある二人の歴史上の人物に思いを馳せる。ひとりはスペインからの植民地の独立を指揮した英雄シモン・ボリバル。もうひとりは16世紀半ばにスペイン王に反逆して敵味方を含めた殺戮を繰り返しつつ、アマゾン川に沿って黄金郷エル・ドラドを探し回ったロペ・デ・アギレ。当然のことながら善と悪にはっきり区別されるはずの二人の史実を知りながらも、主人公は意外な見解を示している。自らの最期を覚悟したアギレによる狂気の蛮行をも踏まえた上で一定の理解を寄せている。ついこのあいだ自分の中の狂気の奔流を辛くも凌いだばかりの殺し屋がこの時点では休養のせいもあってか、客観的で冷静な視点を持ちえていることがわかる。

話の筋の上では、主人公が刑事の監視に気付かず、自分の愛人や街のギャンブル仲間からの怪しげな人物像の報告を聞いて懸念を抱き始めるということが要点で、そのことが善悪の二つの象徴をめぐる彼の意識にも反映していておもしろい。ボリバルとアギレの二人がどちらも味方に裏切られ、見捨てられたという同じ皮肉な運命を辿ったことを念頭において、唯一の例外の場合を除けば自分はそうはならないと結論付けている。歴史上の人物に対する評価をしていたはずが、いつのまにか自分自身のことに及んでいる。さらに彼の意識は近隣を流れる河川に生息するアリゲーターへと移り、無駄に捕食をしない禁欲性と、しかしいったん獲物を狙ったら絶対に逃さないという無慈悲な正確さとを褒め称えるかのように叙述する。「ちょうど自分のようだ」とまで言う。つまり、彼は善と悪の象徴である歴史上の人間よりもむしろアリゲーターのほうが自分に近いと語っているわけだ。それは身近に迫りつつある脅威を実力で払いのけるという殺し屋としての矜恃と決意の現れであり、その実行に及んだ過程とパリに帰ってからの後日談は本編のクライマックスとなっている。その後日談の部分で細切れに挿入されるアリゲーターのカットは殺し屋が自らなぞらえるところの天然の無慈悲な殺戮者としてのメタファーであるだけではなく、実は凶行が行われた現場に迫りつつある肉食獣の姿でもある。露骨に描かずに済ませているがギョッとする結末が用意されている。

作画で最も目を引くのは影の落とし方。何もそこまでやらなくてもいいだろうと思えるくらいに徹底的に細かく描き込んでいる。特に話をしている最中の人物の顔にまで容赦なくびっしり描き込まれていてややもすれば鱗か何かと見紛うほど。例えば、木の下にテーブルを置いてそこで男たちが談笑している場面を想定するならば日中は確かに真下の人物に木の葉の影が射すに違いないが、そこは漫画的な嘘でごまかしてしまってもいいはず。フルカラーだからこそ見分けがつかないほど繁雑にはならないという利点でもあり、草木の緑や、陽光の暖かさを孕んだ霞むような大気の黄褐色を黒い影が引き立てる所以にもなっている。

とてもおもしろい漫画。

Rating
8/10