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Garage Band

Garage Band by Gipi: Cover
  • Garage Band
  • Author: Gipi
  • Publisher: First Second
  • Release: April 2007
  • Size: 21.5cm x 15.3cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1596432063
  • 128 pages
  • $16.95
  • Amazon.com

レビュー

2005年に出た Le Local という作品の英訳版。練習のために必要な念願の場所を手に入れた四人組のバンドが自由を満喫する日々をそれぞれの家族や恋人との関係とともに描いた音楽活動漫画。バンドにかける意気込みの根源である四人それぞれの境遇と、その反映でもある性格とが個性的に生き生きと描かれていて面白い漫画。

これは外国の作品とはいえかなり読みやすくわかりやすい。その理由の一つとして推測されるのは著者にとっての外国で最初に出版されたという事情だ。どういうことかというと、これはイタリア人の著者によるイタリアを舞台にしたイタリア人が登場人物の漫画なんだけれども、奥付の記載によれば初めにフランスで刊行されている。個人的な印象を言うと、こういった事情が作品の中にも影響しているように思える。つまり、これは初めからよその国で出版されることを前提に描かれた漫画なんじゃないかということだ。読者である僕は日本人である以上、外国の漫画を読むときには多かれ少なかれ何かエキゾチックなものを期待し、作品が描かれた本来の対象である読者層に自分が入っていないことから来るわけのわからなさ、すなわち文化的参照についての不案内を覚悟し、漫画の文法がそれぞれの文化圏において異なることによって意図されたものが正しく伝わらないかもしれないことを承知の上で読むのが常だ。良くも悪くもこの作品にはそういった障壁が少ない。著者は外国の読者に配慮してイタリア人でなければ理解しがたくなるかもしれないようなイタリア的な要素をあえて避けて描いてるんじゃないかと思える。わかりやすいことのもう一つの理由として登場人物の置かれている状態が普遍的だからということがある。ビートルズが世界を席捲して以来、親の思惑を尻目にバンドを組みたがる若者というのはどこの国でもこんな感じなのかもしれないと思う。つまり、親への依存や反発、あるいは自立といったことを問題にするならばそれは普遍的に理解され共感される作品になりうるだろうということだ。

ストーリーは四人がガレージを手に入れたところから始まり、思わぬトラブルを何とか切り抜け、デビューを目指してさらに練習に励むというふうに進んでいく。ストーリーの要所で話を先に進ませる要因になっているのは端的に言って偶然と幸運だ。ガレージは本来ジュリアーノの父親の持ち物であり、条件付きで息子に貸してやっているに過ぎない。つまり、アルバイトをして金を貯めてスタジオを借りて練習をするとかいう殊勝な話ではない。機材が故障してバンド活動を続けていくことが困難になったときには、とある場所から代わりの物を運良く調達することに成功してしまう。極めつけは連中がデビューのつてとして頼りにしたいと考えているレコード会社の社員の存在で、この男は元はステファノの父親と仕事の上で顧客として関わっただけの赤の他人だ。つまり、偶然の出会いと他者の好意から棚ボタ式にプロデビューの機会が転がってきたというわけ。ここまで来るといくらなんでもこの四人は幸運に恵まれすぎていやしないかと思える。さすがに著者は、ついこのあいだまで揃って演奏をする場所さえ持たなかった若いバンドをそう簡単にデビューまで漕ぎ着けさせるほどには甘くない。その程度には現実味のある障害が彼らの前に立ちはだかる。

プロデビューすることができるのか、できないのかという二つの分岐にこだわるのなら単純に成功と挫折のどちらかの結末しかありえないということになるけれども、著者はそこにそれほど重点をおかない。彼らをバンド活動へ駆り立てている衝動の根本に読者の目を向けさせ、今後はより積極的に個別的な葛藤に立ち向かうことになるだろうということをいくらか示唆している。もっとも、四人のすべてが同じように描かれているわけではない。ある者はいま最初の一歩を踏み出したに違いないと思わせるし、またある者はとくに成長してないんじゃないかとさえ思わせる。

彼ら四人のバンド活動を支える偶然と幸運はそれぞれの境遇から捉えると親による庇護とそれを躊躇なく受け入れる子の依存という親子関係になる。この作品において四人がそれぞれ個性的に描かれていることは、取りも直さず四つの未熟さのバリエーションだと言っていい。アルベルトはバンドの練習を抜けて父親の手伝いに出かけることから表面的には四人の中で最も親を気遣っているように見えるが、実のところは病気を患っている父親のことは上の空で気遣いはおざなりに過ぎないことが見て取れる。ステファノは父親から与えられた願ってもない好機を利用しこそすれ、決して感謝の気持ちを表そうとしない。 アレックスは裕福な家庭で母親と叔母の過保護な振る舞いに甘えているが、バンドに決定的な問題をもたらすことになる提案を持ちかけた張本人だ。そして、ジュリアーノは彼らにとって何より大切なはずのガレージを借り続けるために父親と交わした約束を破り、それを自らの不注意から露呈させてしまった。こういった四人の未熟さがあり、そして彼らにとっての大きな失敗がストーリーの山場に用意されていることを思うと、未熟な若者たちが失敗に学び、挫折を糧に成長をするというようなよくある成長物語を期待させるけれども実際はそうはなっていない。四人がその失敗から教訓を得たとは思えないし、そもそも本当に反省をしたかどうかさえ疑わしい。

四人の失敗にまつわる出来事は、善悪の区別もなく後先のことを考慮せず利用できるものは何でも利用してしまうという未熟さの反映である一方、仲間とともに一つのことを成し遂げる楽しさやスリルも孕んでいる。若気の至りである一方、若い情熱の迸りでもある。事のあとでジュリアーノが当時の彼らの気持ちを一言でよく言い表している

We thought we'd outsmarted the world.

「世界を出し抜いたと思った」という告白は大げさでも滑稽でもない。実際に彼らの仕出かしたことは決して誉められたものではないし、つまらない企てに過ぎないが、この高揚した気持ちは充分理解できるものだ。このように彼らの若さの否定的な側面がもたらした出来事のうちにも肯定的なものを見いだしているのが良いところで、このことが彼らをただのだらしない若者に終わらせず、放縦な気質に読者を呆れさせることもなく惹きつける魅力となっている。

この漫画の絵柄は本来の僕の好みではない。表紙を見たときに特に買って読んでみたいという気にさせられなかった。水彩画風の塗り方はいいにせよ、色がはっきりと輪郭の線をはみ出してしまっているのが気に入らない。きっちりと線の中に収めようとしても下手糞ではみ出してしまうというのならともかく、意図的にこのような塗り方をしているのが気に入らない。「この芸術家気取りの漫画家め! 漫画なら漫画らしく描け!」と睨みつけてやりたくなる。しかし、そういった当初の印象からは外れて結局のところは絵的にもかなり満足のいくものだった。その理由としては、背景が荒っぽく塗った水彩画のような描き方であるのに対して、人物の表情がかなり崩した記号的な描き方をしている点にあるように思う。まぶたと瞳を細い線でくっきりと描いたギラギラした目つき、のこぎりの歯のような三角形を並べたギザギザの歯並び、一本の線で単純に結んだT字型の眉と鼻筋、数字の6を横にしたような瞳などなど。表情については記号化されていてとっつきやすいスタイルが用いられていることが大きい。

著者はこの漫画の中で何回か一ページ丸ごと使って何もないだだっ広い空間を描いている。コマの底辺の部分には地上の背景が収まりこそすれ、大部分は何もないどんよりと曇った空だ。そのとき話が繰り広げられている場面のただの物理的な背景だといってしまえばそうなんだけれども、それでもあまりにもガラ空きなため気になって仕方ないほどに何もない。すべてがそうだと言えるわけじゃあないが、そのうちのいくつかは確実に登場人物、すなわちバンドのメンバーである四人のほかにやり場のないアンビヴァレントな感情を表していると言っていいと思う。この漫画では本当に深刻な傷つきやすい感情などを表現する際にはあからさまな手法は避けてそれとなく仄めかすということをやっている。ともすればしみったれて安っぽい、ステファノの言葉を借りれば too cheesy なものになりかねないところを読者の想像力に委ねているのがいい。

とても面白い漫画。

補足

レビューの中でこの作品にはイタリアっぽさが薄くてわかりやすいというようなことを書いたけれども、そうとも言えない事柄が一つある。終盤、ステファノがレコード会社の男に自分たちのバンドの演奏を録音したデモテープを渡すために会う場面がある。男はデモテープの中身にまったく興味を示さず、ステファノに別の誘いを持ちかける。その際、ふたりは屋内からテラスへ出てプールサイドの縁に立つんだけれども、そのプールには水が入っていない。プールに水がないこと自体は別に珍しいことではないが、著者はあえてステファノに空っぽであることを言及させ、さらに続けて男に対してなぜ空なのかと質問させている。男は質問に答えず自分の提案をステファノが受諾するかどうかを迫り、話を続ける。いったいステファノは男の提案を呑むのかどうかというところで会話は途切れ、そこでふたりを見下ろす俯瞰の視点に移り、眼下に見えるプールの底が背景を覆うコマでその場面は終わっている。ここはちょっとわかりづらいところだ。 Publishers Weekly ではこの場面を山の頂で悪魔がキリストを誘惑したという聖書の中のエピソードを踏まえたものとして言及している。

Stefano must decide whether or not to betray his friends in order to get a job with the record executive; it's a particularly powerful scene that echoes Christ's temptation (the two stand over an empty swimming pool rather than on a mountaintop).

First Secondのブログ ではキリストの名こそ出ないものの、男を悪魔になぞらえて説明しているのでやはり同じく聖書のエピソードを踏まえたものとして同様の理解を示していると言っていい。

The devil is perched on Stefano’s shoulder, whispering sweet and sickening temptations in his ear.

この二つを読むと著者がわざわざ空っぽのプールを描き、登場人物の口を借りて言及させもした理由はその通りに違いないと思える。しかし、これは部分的にはちょっとわざとらしくて無理のあるメタファーだ。キリストと悪魔が山頂で眼下の世界を見下ろすという位置関係の高低を再現するために空っぽのプールのそばにふたりを立たせたというのが間抜け。プールが富と栄華(?)の象徴だというのなら、水が張ってあろうがなかろうが関係ないはず。むしろなみなみと水を湛えていたほうがふさわしいんじゃないか? また、ステファノにとってはプールが空っぽである理由を男に尋ねる必要などないはず。著者は読者に対して、「ほらほら、キリストが山頂で悪魔の誘惑を受けた聖書のエピソードですよ!」と気付かせるためにステファノの口を借りている。要するに、著者はこれを意味的なメタファーとしてだけではなく、図形的なメタファーとしても成立させるべく無理をしているということだ。そもそも、聖書のエピソードはあくまでキリストが悪魔の誘惑を退けたことが重要なんであって、二人が並んで高いところに立ったいう位置関係に格別意味があるわけでもないだろう。それがちょっと残念なところだ。

引用したFirst Secondのブログで挙げられている画像はその記事の執筆者の好きな場面ということだが、ちなみにこの漫画の中で僕がいちばん気に入っている場面は76ページから79ページに至るジュリアーノの彼女のニーナとその母親が会話をしている箇所だ。ガリマールから出ているオリジナルのフランス語版だけれども BD Sélection というレビューサイトで一部見ることができる。この母娘の会話はバンドの四人が危険な企てを実行している最中に挿まれていて、緊張した展開を一時保留したまましばし繰り広げられる穏やかで微笑ましい気持ちにさせるとてもいい場面だ。夕闇の迫る外界と明かりを点けずに薄暗いままの室内との明暗を際立たせた背景に、彼氏の子供の頃の写真を持ち出してきて母親に見せるニーナ。漠然とした不安と希望の入り混じった雰囲気を混ぜっ返すような母親のユーモアが傑作。この漫画はどこを取っても決してロマンチックにもセンチメンタルにもなり過ぎないところがいい。

訂正と補足(2010年11月5日)

レビューの冒頭で本書が Le Local というフランス語で書かれた作品の英訳版であるかのように書いたけれども、どうも違うようだ。Amazon.frを見ると翻訳者がクレジットされている。著者はイタリア人なんだからイタリア語で書き、それがのちにフランス語に翻訳されたと考えるのが自然に違いない。僕も何でイタリア人がわざわざフランス語で書いたんだろうと不思議に思いながら、あえてフランス語版をオリジナルとして扱ったんだけれどもこれには根拠がある。本書の奥付にはこういう記載がある。

Originally published in France in 2005 under the title Le Local by Gallimard Jeunesse, Paris.

僕はこれを読んでフランス語版がオリジナルだと勘違いをした。これはそうではなく、単にこの英訳版の底本となったのがフランス語版だということなんじゃないだろうか。つまり、重訳ということだ。はっきりしたことはわからないけれども、そんなところなんじゃないかと思う。

Rating
8/10