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ナチュン 第1巻

都留泰作『ナチュン』第1巻
  • ナチュン 第1巻
  • 著者: 都留泰作
  • 出版社: 講談社
  • 発行日: 2007年2月23日
  • 判型: B6判
  • ISBN: 4063144445
  • 200ページ
  • 560円
  • Amazon.co.jp

レビュー

著者のデビュー作で現在アフタヌーンに連載中。近い将来の琉球諸島を舞台にした海洋SF漫画。人工知能を生み出す着想を得た主人公が、それを足がかりにした世界征服の野望にまで妄想を膨らませ、実現に端緒をつけるべく琉球へ赴くところから物語は始まる。今のところ人工知能がどのようにして可能になるのかという理屈に特に説得力がないことや、主人公の具体的な計画もろくに進捗していないことなどが残念だけれども、よく取材したに違いない琉球独特の風土や人びとの描写が目を引き、それぞれ個性的な登場人物の振る舞いも見てておもしろい漫画。

大学院生の石井光成は留学先のアメリカで偶然に数学者フランシス・デュラム教授の手に成る映像を目にする。何の変哲もないように見えるイルカの映像に人工知能を生み出す可能性を見いだし、その成果を自分のものにしようと目論んで琉球諸島まで足を伸ばす。そして地元の漁師の手伝いをしながらその合間にイルカの観察をすることになる。光成は主人公であるにもかかわらずお世辞にも好感の持てる人物ではない。年は28でも理屈っぽくまだ青臭いところの残る男で、自分の研究に没頭するあまり俗世間との関わりが希薄になりがちな、良くも悪くも院生らしい人物だ。本人の考えている通り、一般に公開されている映像を見てほかの誰も気がつかなかった人工知能にまつわる秘密を見抜いたというのならば一種の天才かもしれないが、対人関係においてかなり情けないところがあり、その壮大な野望を実現するには器量の小ささが気になる。その意味でこの主人公の描かれ方は、実際にはストーリーの核心が主人公の手による人工知能の実現などにはないことを仄めかす著者からの前置きのようにも思える。もちろんこの巻だけでそう言い切れる根拠があるわけじゃないけれども。

イルカの観察をする光成に船を貸してやる代わりに自分の漁を手伝わせているのがゲンさんと呼ばれる中年の漁師。ゲンさんは年の割に茶目っ気があり、生真面目な光成との絡みがおもしろい。プロの漁師らしからぬ気弱で怠惰な一面もあって、ほかの人びとが口にする不穏な噂も含めて、良く言えばちょっと謎めいた、悪く言えば著者が気まぐれで描いているとしか思えないところもある人物。ゲンさんのほかの主要な登場人物としては聾唖の女漁師がいる。ほかの漁師たちとは違ってイルカと戯れたりするなど風変わりで神秘的なところがある。この女漁師が聾唖であることは、主人公の対人関係の取り方のまずさを描く上で逆説的に役立っている。光成はイルカが彼女によくなついていることを知りながら、観察のために協力を頼んだりはしない。言葉が通じないから頼みたくても無理だと言うのならばそれはむしろ体のいい言い訳であって、積極的に意思疎通を図ろうと努力もしない主人公のだらしなさを反映している。彼女が言葉を話せなくとも、獲った魚を卸して現金を受け取り、その金で買い物をすることができるくらいに社会的な生活を営んでいることは知られている。彼女に働きかけて自分の用件を伝えるのは、少なくとも人工知能を開発することにくらべればはるかに簡単なことに違いない。デュラム教授が言語能力を失ってからイルカの研究を始めたということから、言葉を話すことができず、なおかつイルカと親密な関係にあるこの女漁師が人工知能をめぐるストーリーの鍵となるに違いないことは容易に推測される。しかしこの巻では光成の消極的な態度のせいもあってストーリーの根本的な部分には絡んでこないのが残念なところだ。

話はほぼ常に主人公の周りで進んでいき、漁を共にするゲンさんと、たびたび出くわす聾唖の女漁師の二人との関係が主になる。おそらくは実現しないだろうと思える人工知能の企てと、とてもゆっくりしたストーリー展開のことを思うと、この二人は主人公の計画の実現を遅らせるために配置されたキャラクターなんじゃないかとさえ思えてくる。二人が光成の邪魔をするという意味ではなく、別の話のすじを導入するための方便なんじゃないかということだ。この漫画の序盤における主人公を揶揄するような描写からは独り気持ちが上ずって周りの見えなくなった彼が、地に足のついた生活をしている漁師から軽くあしらわれるような話が期待されるがそういうわけではない。もちろん光成は見習として最初からうまくいったわけじゃないが、それなりに適応力のあるところを見せ、漁師としての生活に順応しつつあように見える。ゲンさんは初対面のときこそ暴力をふるったけれども、その後はかなり光成に対して協力的だ。それでもイルカの観察は漁の合間にしか行えないため、どうしても計画は遅々として進まないわけだ。いっぽう、聾唖の女漁師は主人公の対応のまずさのために、計画を実現する上での障害となってしまった。つまり、主人公の計画の進捗具合は結局のところ、一巻丸まる費やして数頭のイルカに識別のための目印を付けただけだった。しかし、その間に重装備で深海の漁をしているエラブ島の謎の集団が時折存在感を匂わせ、終盤になってからはそのエラブ島の内部の怪しげな様子も紹介され、光成の個人的な思惑とは別の話のすじが読者の関心を呼ぶ引きになっている。その終盤になってからの展開はおもしろそうなんだけれども、それと光成の計画がどの程度関係してくるのか、どのように関係してくるのか、それがまださっぱりわからないのが不満だ。

この漫画は時代が近未来に設定され、架空の込屋群島という場所が舞台となり、人工知能の実現ということが主人公の目的となっていることから分類上はSF漫画ということになるだろうけれども、人工知能うんぬんやまして世界征服の企みなどは今のところ主人公の誇大妄想でしかない。実際に作品世界で見られる唯一のSF的要素は人口鰓肺だ。これを装着すると文字通り魚のエラのように水中から酸素を取り込んで呼吸することができるようになる。酸素ボンベや送気チューブなどの器材を使用しない素潜りによる漁をさらに長時間、さらに深い海で行うことを可能にする装置ということだと思う。実際にこういう物があったら漁で生計を立てている人びとにとって便利に違いないが、この最初の巻で主立った登場人物たちの携わる漁では必ずしもこういう装置は要らないだろうと思う。わざわざ読者に対して説明することが必要な小道具を導入したのはストーリー上の要請ではなく、単にこういうものがあったらいいという著者自身の願望によるのかもしれない。実際、著者は「何日でも泳いでいられる道具とかあったら……」などと述べている。そういった著者の思惑はどうあれ、実際には呼吸のための装置を顔に着けていないおかげで表情を隠さずに済んでいるということは漫画として大きな利点に違いない。さらにそのように考えさせる理由は、この漫画の中で描かれている実際の漁が、工具のドライバーを使ってシャコ貝を獲るなどおそらく実地に基づいているに違いないやり方を紹介している一方で、ゲンさんたちがゴーグルを着けていないということにもある。いくら比較的浅い場所で行う素潜りで、なおかつ呼吸が自由にできる便利な装置があるとはいえ、日がな海に潜っているのならゴーグルくらい装備してもよさそうなもんだと思う。ところがゲンさんも主人公も聾唖の女漁師もまったく素のまま潜っている。そのおかげで読者は微妙に描き分けられた表情を読み取れるわけだ。例えば、聾唖の女漁師がイルカとの交感を楽しむように戯れる様子は、顔をゴーグルと呼吸装置が覆っていたら味気ないものになっていたかもしれない。

この漫画の絵に関して最も特徴的なのは何と言っても人びとの顔だ。琉球の土着の人びとは漫画家が適当に頭の中で想像して描いたにはあまりにも独特な顔つきをしていて、一人一人モデルがいるんじゃないかとさえ思える。背景は遠近感の表現があまり正確ではなく、どの部分を目立たせるかという強弱の区別が曖昧で、色んな物が描かれたコマほど雑多で散漫な印象を受ける。また、バイクを走らせている場面などスピード感の表現はてんで駄目だ。それでも描き込みの細かさは琉球の漁場や人びとの生活の現場をよく取材したことがじゅうぶん覗えるほど行き届いている。表紙はビキニの美女よりもむしろ魚介類や藻類の覆う浅い海の底から光を湛えた海面までの色鮮やかな描写のほうが目を引く。白黒の本編ではこの天然色が再現できず、ともすれば漫画として不利になってしまうのがとても残念なところだ。

そこそこおもしろい漫画。

Rating
7/10