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Elmer #1

Elmer #1 by Gerry Alanguilan: Cover
  • Elmer #1
  • Author: Gerry Alanguilan
  • Publisher: Komikero Publishing
  • Release: May 2006
  • Size: 21.5cm x 14cm
  • Format: Softcover
  • 28 pages
  • 50 pesos

レビュー

フィリピンの漫画。テキストは英語。人間たちの中で生きるニワトリの家族の面々を描く。現実離れしたSFやファンタジーの類ではなく、あくまで現代社会を舞台に主人公の成長と家族の絆に視点を据えたホームドラマ的なストーリー。短いページ数ながらも、独特の設定から生まれるユーモアと、年老いた親を思う子の哀愁をバランスよく織り込んだおもしろい漫画。

この漫画の中でのニワトリの扱いはちょっと変わっている。主人公一家はみんなニワトリなんだけれども、普通の人間とまったく変わらない生活を送っている。服を着て、人の言葉を話し、携帯電話を使ったりもする。ある日気がついたら人間からニワトリに変わっていたとかいうわけではなく、生まれてから死ぬまでずっとニワトリのまま。人びとは人間とニワトリが違うという認識は持っており、以前は普通に鶏肉を食べたりしていたんだけれども、世の中が変わって人間とニワトリが共存することになったという設定。ニワトリは主人公一家のほかにもいるけれども、あまり多くはないらしい。こういった妙な設定から誰でも思いつくのは、著者が人種差別の問題を扱おうとしているんじゃないかということ。つまり、ニワトリは近年になって平等な権利を回復した人種上のマイノリティーなんじゃないかということだ。実際、一部の人間たちがニワトリの主人公に対して侮蔑的な物言いをする箇所があったりする。しかしながら、ストーリーの上で重点を置かれているのはあくまで主人公と家族との関係であって人間対ニワトリの関係ではない。主要なキャラクターがみなニワトリであることによって、その人間じみた所作振る舞いからたびたび笑いを取ってはいるものの、ストーリー上は必ずしもニワトリでなくてもよかったんじゃないかと思える。今のところは。

タイトルのElmerは、主人公Jake Galloの父親の名前。Jakeは両親の老い衰えを実感しつつあるような年頃の息子。もはや親の健在を頼みにできる子供ではないにもかかわらず、まだ就職もままならない独り身の境遇。時代の変化に対応して社会的な生活を営んでいる弟や妹とは対照的に、人間たちと上手く折り合いをつけることができず、頑迷で不甲斐ない長男として描かれている。Jakeの気難しさと人間への嫌悪感という特徴は、互いに増幅するかのように本人を激昂させ、たびたびユーモアの元になっている。実際、口さがないJakeが人間たちへ罵詈雑言を浴びせる場面にこの#1の見所があると言っていい。また、Jakeが人間と折り合えないことは、弟や妹の考えに理解を示すことができない原因にもなっている。つまり、Jakeは人間社会になじめないだけではなく、家族の中でも独り異質な存在になってしまっているわけだ。ただ、ここで大切なのはJakeが必ずしも否定的にばかり描かれているわけではないということだ。人間たちに対するJakeの不信には一分の理がある。なにしろ人間たちは数年前までは公然と鶏肉を食べていた。そして中には今でも食べている連中もいるらしい。彼らと協調することに承服しかねるJakeの心情は理解できるものだ。また、言うまでもないことだけれども、そもそも人間とニワトリが同等の生活をするということは本質的に無理がある。ニワトリが人間よろしく多機能が売りの最新鋭の携帯電話を誇示するのは滑稽でしかない。まして人間と結婚するなどグロテスクな冗談でしかない。この世界は何か間違っていて本当に正しいのは主人公のほうなんじゃないかと思わせる。Jakeはそういった今後の展開に何か希望を持たせる、そういう描かれ方をしている。そこが彼をただのはみ出し者に終わらせていなくていいところだ。

この著者の描くニワトリは絶妙にデフォルメされていて巧い。リアルな等身そのままに人間さながらの日常生活を送る様子を描きながら、喜怒哀楽も的確に表している。読んでる最中に顔の細かい皺や鋭い目つきなどを意識すると、かなり写実的に描いているように錯覚してしまう。ふと表紙に目をやると本物のニワトリはやっぱりこんな感じだったよなと思い直す。それくらい自然にデフォルメされている。

フィリピンの漫画を読むのは初めだったんでほかがどんなものなのかは知らないけれど、これは日本人の読者としては特にエキゾチックな感性に惑わされたりすることなくすらすら読めてしまう作品。著者がアメコミ畑で長く仕事をしていたことも関係あるのかもしれない。なかなかおもしろい漫画。

補足

出版社名の Komikero とは漫画家のことを指すタガログ語らしい。 Komikero でWeb検索すると著者のサイトが真っ先に見つかる。この漫画はフィリピンまで行かずとも Forbidden Planet で購入することができる。

Rating
7/10