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The Killer #1 Long Fire Part One

The Killer #1 by Jacamon & Matz
  • The Killer #1 Long Fire Part One
  • Author: Luc Jacamon & Matz
  • Publisher: Archaia Studios Press
  • Release: October 2006
  • Size: 26cm x 17.5cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1932386289
  • 32 pages
  • $3.95

レビュー

これは一人の殺し屋の男に焦点をあてたノワールコミック。目下懸案の仕事にやや手をこまねきつつある主人公が、殺し屋としての履歴や最近片付けた仕事の顛末などの回想を挿みながら、自分自身について、そして人類の歴史や世の中の人びとについての所見を気の向くままに語っていくというストーリー。殺し屋が主人公とはいっても実際に手を下す現場の描写は回想によるものばかり。進行中のプロットでは部屋の中をうろうろしながら独白を繰り広げる主人公の描写がほとんどなので、スリリングな立回りを期待する向きには退屈かもしれない。しかし、主人公の思想と信条にそれなりに共感することができ、そこから一抹の不安を懸案の仕事が好ましくない方向へと展開する予感にまで結び付けて読んだならばおもしろく読める漫画と言える。

オリジナルは Le tueur というバンドデシネでこれはその英訳版。全5巻で刊行されたシリーズがこの英訳版では10冊で出ることになっている。たいしたページ数じゃないにもかかわらず各巻を二つに分割して刊行していくつもりらしい。したがってこの The Killer #1 はオリジナルの第1巻である Long feu の前半分にあたるわけだ。

著者はこの主人公に血生臭くて残虐な殺人を請け負わせながらも、類型的な殺し屋のイメージからは微妙に外れさせている。彼はフリーランスで活動していてマフィアのような組織に雇われてはいないんだけれども、素行が乱暴で誰にも相手にされず、成るべくして暴力を生業とするようになったゴロツキなどではない。以前は大学まで行って法律を学んだ若者であり、知性のある男だ。普通の人びとが如何に信頼できないか、如何に他人に対して残酷になれるかということを説明するのにあえてミルグラム実験ドイツの第101警察予備大隊の所業を引き合いに出すような男だ。彼はまた、自分の仕事の残忍性を肯定する上で、生きとし生けるものはすべてほかの者に対して暴力を振るうことによって成り立っているんだというような極端な一般化の理屈を持ち出すんだけれども、これはただの開き直りにはなっていない。第三世界で奴隷のように働かされている子供たちや輸入した武器でもって民衆を弾圧する独裁者に言及する際にそれらを「われわれ富める者」との関係において語っている。つまり、自分も暗に当事者として含めた上で批判しているわけだ。

彼は独白の中で殺し屋という仕事の困難さに言及する際、自分が必要な資質を持ち合わせていることをたびたび繰り返している。確かに彼は用意周到で忍耐力があって冷血に徹することのできる優れた殺し屋に違いない。しかし、ただ報酬と引き換えに標的を殺害すればいいだけの殺し屋にとって必要以上の知性と了見を持ち合わせているということは、仕事をしていく上でかえって足枷になりはしないかという懸念を抱かせもする。また、彼はとても饒舌だ。警察の取調べを受けているわけでもないのに自分自身についてよく語る。自分の仕事を正当化したがる。しかし、そもそも非合法な存在である殺し屋が自分の仕事を正当化するのに何か理由がいるだろうか? 誰かを納得させる必要があるだろうか? それでも彼は語らずにはいられない。そこがひょっとして殺し屋としての弱点になり、懸案の仕事の成り行きに影響してくるんじゃないかと推測させ、漠然とした引きになっている。

オリジナルの第1巻の前半しか収録していないとはいえ、それでもそこそこおもしろく読める漫画。

Rating
7/10