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Night Fisher

Night Fisher by R. Kikuo Johnson: Cover
  • Night Fisher
  • Author: R. Kikuo Johnson
  • Publisher: Fantagraphics
  • Release: November 2005
  • Size: 25.3cm x 18cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1560977191
  • 144 pages
  • $12.95
  • Amazon.com

レビュー

ローレン・フォスターはマウイ島に住む高校生。大学進学を控えて本来ならば学業に専念すべき身の上だけれども、親友の誘いに乗って麻薬や盗みなどの危険な夜遊びに興じるようになってしまう……。この Night Fisher は著者初のグラフィック・ノベル。まだ大人に成長しきらない中途半端な時期にある少年を主人公に据えて、親や友人たちとの距離感によって微妙に揺れ動く心情を描いた傑作。ストーリーは結末が弱く、未解消のままの伏線もあるけれども、巧みな表情の表現と細かいコマ割りで再現された会話のやり取りはスムーズで臨場感にあふれ、読んでてとても心地いい漫画だ。

主人公のローレンは父親と二人暮し。元はボストンに住んでいたが、六年前にマウイへ引っ越してきた。本人は日系人のような容貌だけれども父親が白人系なので、作品の中では登場せず、言及もされていない母親が日本人(あるいは他のアジア系)なのではと推測される。裕福な家庭の子供向けの進学校であるプレップスクールに通っていて、そこでさらにほとんどすべての科目においてA評価を修めるほどの優等生。異性関係では奥手で、身もフタもない言い方をすればNerdだ。父親は歯科の開業医。特にスパルタ教育というわけじゃないが息子に対して常に最高の成績を期待しており、(息子の言に寄れば)自身もワーカホリック。

この漫画では主人公のあまりかっこよくない側面や未熟なところがけっこうあけすけに描かれている。ただ、それで笑いを取るのでもなければ思春期ものにありがちな内向的な自虐に陥るのでもなく、突き放した視点を保ったまま淡淡と描いている。彼は受動的な性格でその場の雰囲気に流されやすく、また(おそらくは)たった一人の肉親である父親の気苦労に気づいていながらそれに報いようともしないちょっと情けない息子だ。特徴を列挙していくとどうしてこんな主人公の漫画がこれだけ面白く読めるのか不思議になるくらいだ。ローレンはストーリー全体を通して特に自分から何かをやろうとすることがない。その場の要請、他人の要請にただ応えているだけのようなものだ。唯一の親友であるシェインに対してさえ、疎遠になっていた関係を自分から積極的に修復しようとはしなかった。その良い機会になったかもしれない父親の提案を遮っている。また、ローレンのセリフにはほかの場面で言っていることと矛盾するものがいくつかあって、それはその時どきの場の流れから取り繕って嘘をついたことによるものだ。いかにもナード的な性格はともかくとして、独り息子であるローレンの至らなさについては著者は明らかに批判的な眼差しを向けている。ローレンが釣りに行くと偽ってシェインと夜遊びに出かける際に、マイホームのローンの請求書か何かを手に思い悩む父親の姿をわざわざコマのあいだに挿むことで、親の心子知らずとでもいったあからさまなことをやっている。それでもストーリーの上では、エリート高校生が麻薬にはまって道を踏み外し廃人へとまっしぐら……などという誰でも想像のつくような展開にはならない。もちろんやりたい放題やって何のお咎めもなしというわけではないんだが、主人公に対して罰を与えることで教訓を提示するような安直な落ちにはなっていない。

主人公ローレンと親友シェインとの友情がこの漫画のいちばん大きな題材となってはいるんだけれども、それは男臭いあつくるしいものではなく、心温まるほのぼのとしたものでもない。直接的な心の交流は大胆に省略して読者に想像を促す描き方をしている。シェインとは数年来の親友だったはずが、冒頭の時点では疎遠になっていた。そのことを主人公はどう思っていたのか。再びつるんで遊ぶようになった際にどんなふうに思ったのか。主人公からの直截な感想は聞くことができないが、授業への取り組み方やキャンパスで顔を合わせるほかの知人との接し方の変化から見て取れるように描かれている。

脚注によればハワイにおける麻薬の蔓延は深刻なものらしいが、この漫画の中での麻薬の扱いは意外と野放図な印象を受ける。少なくとも若者の非行防止に貢献などといった立場とはおよそ無縁だ。batuと呼ばれているものが日本でいうヒロポンとまったく同じものなのかどうかは知らないが、これを読んだあとでちょっと試してみるくらいならいいんじゃないのと考える人が出てきても不思議じゃない。とくに始末に悪いのが主人公の親友シェインで、こいつは勉強もかなりできる上に麻薬もバンバンやり、しかしそれに溺れたりしない分別はあるといった具合で、麻薬の魅力と危険を前に躊躇している若い読者に対して「クール」な印象を与えてしまうキャラクターかもしれない。もっとも、僕は漫画にそんな啓蒙的な役割を期待しているわけではないのでどうでもいいと言えばどうでもいいんだけれども。

いろいろな点でちょっと醒めた表現が快い、かなりおもしろい漫画。

Rating
9/10