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Mother, Come Home

Mother, Come Home by Paul Hornschemeier : Cover
  • Mother, Come Home
  • Author: Paul Hornschemeier
  • Publisher: Dark Horse Comics
  • Release: December 2003
  • Size: 23.5cm x 17.2cm
  • Format: Softcover
  • ISBN: 1593070373
  • 128 pages
  • $14.95
  • Amazon.com

レビュー

これは母親の死後に残された子供と父親の生活を描く人間ドラマ。死んだ人間は帰って来ないという現実を直視できないふたりが、はじめは現実から逃避していたが、結局は受け入れざるを得なくなり、それが更なる不幸につながる悲劇として描かれている。ストーリーそのものは単純でわかりやすく胸を打つけれども、技巧に凝ったスタイルはうまくいっている部分とそうでない部分があり、いくらか混乱させられる。

主人公は7才の少年トマス・テナント。母親を亡くしてから家事全般に携わって父親を助けている。父親はデイヴ・テナント。象徴論理学をやっている大学の先生。奥さんの死を受け入れることが出来ず、現実逃避的に自分の妄想の世界に囚われている。

父親の現実逃避は日常生活に支障をきたすほどの異変として、語り手であるトマスの視点から端的に描かれている。親権を奪われて施設に入れられてからも、なかなか現実を受け入れられない様子が医師とのやりとりから見て取れる。その一方、トマス自身については父親のような明らかな異常とは違うものの、現実をどのように受け入れていないかということを、象徴的な小道具を用いた示唆的な表現や、現実世界における人間関係の寓話であるかのようなトマス本人の空想などを用いてずいぶん凝った伝え方をしている。その意味でトマスのキャラクター描写は一読しただけではわかりにくい。何度も読み返せばストーリーがひっくり返るというわけではないけれども、読み返すことで理解が深まるところがかなりある。例えば、第一節の初めの部分で生前の母親と縁の深かった四つの場所が見だし付きでそれぞれ一ページずつ説明にあてられている箇所があるが、これがそうだ。ナレーションに気を取られると見落としてしまうかもしれないが、ここはその手前のページからのトマスの一連の行動を順に追っている。最初トマスは雪で固めたブロックを積み上げて砦を作る、まあ言ってみればごく普通の子供らしい遊びをしていた。そして食事の後にもその遊びを続けるつもりだったのが、父親の異様な言動に接して当初の予定を変更している。形見の品であるライオンのお面をかぶり花を摘んで母親の墓に供えに行っている。帰り際にトマスは作りかけの雪の砦を見やるけれどもそのまま捨て置いて家に帰ってしまう。トマスが亡き母親を慕う様子を象徴的に、そしてそれが父親の異変に触発されたものであることを示唆的に描いている。

テキストに注目すると、この漫画では同じ意味のセリフが何度か異なった場面で繰り返され、それが言外の意味を含んでキャラクター描写の上でも役立っていることが目を引く。トマスは同居することになった叔父夫婦について説明するのに丸っきり同じ言い回しを使いまわすことで、自分にとって親切で良い人たちだという表面上のコメントの裏に隠しきれない嫌悪感を忍ばせている。同じ手法はトマスと父親との関係についても使われている。トマスはストーリー上のある重要なポイントで、父親が自分の手助けを必要としていることを悟り、 It became clear he would need assistance. と語るんだけれども、これは自分と父親の置かれている現実に直面したことを受けて吐かれたセリフだ。このセリフはまたあとで一字一句そのままに繰り返され、どちらの場面でも言葉通りにトマスは父親を助けてやるんだけれども、皮肉な結果へとつながっている。母親を亡くしてあとに父と子が残されればふたりが助け合ってなんとかしていくほかない。言ってみれば、父親はいつでも息子の助けを必要としていたはずなのに、息子はふたりがもう後戻りのできないところへ追い込まれるまでそれに気づかなかった。そして、息子がそうなったのも元は父親の現実逃避に端を発している。トマスは自分自身を形容して Apathy と言っているが、そのな精神状態がもはや手遅れとなった父親を手助けしてやることの悲劇性を増している。

同じテキストを繰り返して読者の注意を引くこの手法はまた別の、率直に言って意図のよくわからない使い方もされている。初読のときにはとくに意味があるとも思えずすぐに忘れ去られるに違いないセリフが、再読したときにはそれがこの漫画の終盤の最も緊迫した場面で起こる出来事に言及しているということを知って読者は仰天するに違いない。とはいっても、著者がこういう仕掛けを施した理由はよくわからない。特に重要な意味を持たない脇役のキャラクターにストーリーを先取りして言及するセリフを語らせることで再読時に読者を驚かせたところでいったいそれがなんになるだろう? 感銘するどころか、むしろストーリーそのものが与える感動から興ざめさせてしまっても不思議ではない。それがこの漫画のいちばんの疑問点だ。

キャラクターはくっきりとした輪郭の太い線で描かれ、ぎこちない笑顔や訝しげな眼差しなどが印象的でこのストーリーによくあったものになっている。背景は描き込みが少なくシンプルなんだけれども、ほとんど何もない背景が一色で塗りつぶされたコマはぽつんと置かれた人物の心情に注意を向けさせ、特に終盤の緊迫した筋の展開を描くのによく合っていると思う。

多少ケチはついてもとても面白い漫画。

Rating
8/10