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怕魚的男人

李隆杰著《怕魚的男人》
  • 怕魚的男人
  • 作者: 李隆杰
  • 出版社: 時報文化
  • 出版日期: 2015年6月
  • 尺寸: 21cm x 15cm
  • ISBN: 978-957-13-6295-3
  • 頁數: 176
  • 定價: 220 元

レビュー

台湾の漫画。魚を忌み嫌う恐怖心に取り憑かれた男と、次つぎに迫り来る魚の群との戦いをコメディータッチで描いているものの、最終的にはホラー漫画ということになる。単なる魚嫌いでは済まない異常なまでの恐怖心を、ある時はコミカルにまたある時は説得力あるものとして描くという互いに矛盾した狙いをひとりの主人公のもとに実現させようと目論む、二兎を追っている感のぬぐえない作品だ。

Excerpt A
魚に対して異常なほどの嫌悪を催す男

本作はセリフやナレーションなどの文字情報を用いていない。 台湾においてテキストなしの漫画というものはひょっとしたら例外的でも何でもないのかもしれない。しかし欧米の漫画のようにページを左にめくって読ませるようになっていることと合わせると、相当に珍しい仕様だと言っていいんじゃないだろうか。これはおそらく欧米の漫画関連のイベントにそのまま出品してその場で手に取って読んでもらえるという利点を期待して制作されたという事情があるんじゃないかと推測する。僕はそういった配慮が功を奏したのかどうかは知らないし、ページが左めくりであることにも抵抗はない。しかし読んでみて残念に思うのは、テキストなしのストーリー漫画を制作することがどう見ても作者の得意とするところではないだろうということ、また実際に無理がたたって登場人物の言動がよくわからなくなってしまっている箇所があるということだ。

主人公が魚を異常なまでに忌み嫌うという根本的な設定を作者がどのように扱っているかという点において僕は大いに不満がある。前半部分において主人公個人の抱く病的妄想であるかのように描写されていたものが、後半においては実は客観的な真実だったというように扱い方が逆転している。世間の人びとが知らない魚をめぐる真実にこの主人公だけが気づいていたというのであれば、当初からこの男の言い分にも一分の理があるというような仄めかしをしてくれてもよさそうなものだ。あるいはもともと魚嫌いの男がある時点でとんでもない真実を発見したというのであればそのターニングポイントを何らかの形で示してくれてもいいはずだ。前半においてさんざんこの男の魚嫌いをおもしろおかしく描写しておきながら、あとになってから実は彼だけが魚たちの正体を見抜いていたという前提で話を進められるのには閉口した。

Excerpt B
半魚人と化した群衆に包囲される主人公と魚屋

前半と後半で手のひらを反すような主人公の描写を忘れて魚をめぐる真実が明らかになる後半に立脚してストーリー全体を見直してみても、不気味な魚の真実という設定が恣意的に用いられていることに目がつく。人びとが次つぎと魚に取り憑かれてしまうなかでどういうわけかいつまでたっても無事にいる人物がちらほらいる。なぜそうなのかといったら……主人公がかかわるドラマで重要な役割を担う人物が無事でいてくれないとそのあとのドラマの展開に不都合だから、ただそれだけのことだろうとしか考えられない。

また初めの二つの章においては、主人公のもとに明らかな敵意を持って魚をもたらす不気味な野良猫が登場する。初めて物語を読み進める読者の視点からはこの意味ありげな存在感をたたえた野良猫が作者の提示する謎に関わっているように、ひいては魚の群をあやつる黒幕だとさえ思えてならないはずだ。しかしその後、作者は読者の関心を忘れてしまったかのごとくこの野良猫を登場させずに話を進めてしまう。作中で魚が邪悪な存在であるという設定とは別に、この野良猫も程度の差こそあれ同様に邪悪な生き物だとしか考えられないにも関わらずほったらかしだ。一応、最後の章のエピローグ的な部分で再登場はするもののたいして重要ではない端役のような扱いに終わっている。こういうのは読者のミスリードを巧みに仕組んだなどとは言えないだろう。

脇を支える主だったキャラクターは主人公の婚約者である若い女と野生の熊、そして魚屋のじいさんの三者で、魚嫌いという主人公の性分によって傍から見ればユーモラスに対立する関係にある。熊と魚屋の両者は主人公に対して当初敵対する関係にあったが、のちに巨悪に立ち向かうために協力するといった少年漫画的な発展の仕方をしている。婚約者については、年のわりに自分の彼の言い分に聞く耳を持たない強情で子供っぽい性格と、どういうわけか胸の形が露わに見てとてる不思議なシャツを身に着けているという見た目の描写においてやはり同様に少年漫画の常套的なキャラクターにとどまっている。ただし、主人公にとって単純に敵対することのできる熊や魚屋とは異なって、彼女はあくまで婚約者であり、対立するけれども無下にあしらうわけにもいかないといった葛藤を引き出せるということが話作りの上でいちばんの利点になっている。

Excerpt C
喰うべきか、喰わざるべきか

これからプレゼントを渡そうという大事な場面。大嫌いな魚を口にしたくはないが、婚約者の機嫌を損ねたくもないと迷うこの男の意外な選択の結果は直後に明かされる。見開き二ページを使った一枚絵で描かれる哀れな男の姿は爆笑もので、日本のいわゆる熱血ギャグ漫画のノリを踏襲している。僕が掛け値なしに気に入っていると言える作中のハイライトだ。残念なのはこの手の爆発力のあるユーモアが本書中この箇所でしか見られないということだ。

本作は七つに章立てされていて、それぞれの章においてストーリーの部分をどのように盛り込んで、どのように締めくくるかという点に作者はおそらく苦心したんだろうと思える。そしてそれがかなりぎこちなくて上手くいかなかったとも思える。ストーリー漫画の部分をなすひとつひとつの章としてまともに出来ているのは後半の第五章から最後の第七章までで、前のほうの四つの章はひどい出来だ。第四章まではそれぞれキャラクターの導入にあてていると言えるが、まず章の順序にほとんど意味付けがなされていない。したがって四つの章どれから読んでも大差ない。さらに章ごとに無理に安直なオチをつけていて辟易する。例えば第一章はロザリオの片面に施された IXOYZ の紋様を見て主人公が驚愕する様子がオチになっている。しかしこのロザリオは彼が自宅から持ち出した所有物だ。そもそも魚嫌いならどうしてそんなものを持っているのか……という読者の疑問に作者は答えない。第四章まで同様に無理なオチの付け方をしていて、章の内容に即した締めくくり方がロクに出来ていない。魚をめぐる真実が明らかになり、ホラー漫画として話が進んでいく第五章と第六章は迫りくる魚の群れの脅威に基づいたサスペンスでもってまともな引きが作れている。では最後の章、すなわち本作全体の締めくくり方はどうかというと……主人公たちと魚の群との戦いに一応の決着はついたものの、ずいぶんと寂しい終わり方になっている。前半であちこちに見られたユーモアに笑ったことが空しく思えるほど、こんなにも寂しい結末にする必要があったのかと嘆かざるをえない。

絵柄については全体的にかなりよく描き込まれているものの、背景がいまひとつだ。海原と空の描き方で頻出するように単調な模様のパターンを繰り返しコピー&ペーストのように使っていて味気ない。背景を時折埋め尽くす群衆の描き込みに作者が好んで筆を振るっていることが見て取れるけれども、これは僕にはちょっと恥ずかしく感じられる部分がある。どういうことかというと、作者は場面の緊迫した状況に即さないナンセンスな格好をあえて群衆に施していて、これをユーモアのつもりでやっている。読者が話を追うために自然とコマからコマへ目を移して読み進めることを遮って、まるで間違い探しでもするかのように群衆の奇妙な格好のディテールに向けて視線を移すことを読者に期待している。それが僕にはずいぶん古臭く、恥ずかしく感じられる。こういったおふざけはさりげなくやるべきで、こんなあからさまにされるとユーモアを押し付ける示威行為のように感じてしまう。いっぽうで、表紙に描かれているような一瞬の動きをとらえた人物のポーズは線の太さのバランスや勢いなど自在で遜色のないものになっている。

結論としては、セリフなしという体裁とホラーとギャグを同時にやるという作品の志向が足を引っ張って作者の持ち味が十分に出ていないんじゃないかと思える。もっと奔放に熱血ギャグをやっていてくれたらなと残念でならない。

Rating
6/10