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国内外の漫画を読んでレビューを書くウェブログ

2020 Year in Review

新年あけましておめでとうございます。

今年は結局このブログをロクに更新しなかったけれども、別に何もしていなかったわけではなく、たんに書くほどのことがなかっただけだったように思う。それでもあえて今年印象に残ったことを挙げることで、去り行く2020年を振り返りつつ新年の抱負なんぞを語ってみたい。

病院送り

一年のあいだに二度も病院へ行くことになったのはまったく予期しない出来事だった。一度目は必要に迫られての健康診断のため。結果はおおむね良好、体重が平均より少し重いくらいなのは別に気に掛けるほどのことでもない。検温で35度台の比較的低い数値が出たことには、夜型の生活を長く続けているからまあそのせいでしょくらいにしか思わなかった。ところが看護婦さんのほうがあからさまに驚いた様子を見せたのでむしろそのことに驚かされた。

「俺が健康だと言ったら健康なんだ! ヒトの皮をかぶったトカゲか何かの変温動物だとでも疑ってんのかコラー!! 」

などと言えるはずもなく、

「えへへ、どうも……」

となぜか恐縮してしまった。

ほかは診断の前後を通してとても感じの良い病院、感じの良い看護婦さんたちだったので別に他意はない。

コロナの検査

二度目の病院遠征は身近な人間にコロナ感染者が出たため。その時点で僕自身は健康そのものだったので何の心配もしていなかった。自覚症状のない感染者もいるだろうと言われればその通りだけれども、それでも自分がすでに感染しているとはとても感じられず、その点では気楽だった。むしろ病院へ行くことで何か病気をもらってくるんじゃないかと、そっちのほうが気がかりだった。

しばし待たされたのち実際に行われた検査は、細いこよりのようなものを鼻の奥に突っ込んで粘液を採取するという単純なもの。ゆっくりこよりを入れ込んでいく途中で看護婦さんが何か感心しているような、驚いているような意味のことを言った。はっきり何と言ったのかは覚えてないけれども、要するに僕が苦しさによく耐えていると褒めたんだろうと思う。僕は内心、注射を打たれる子供じゃあるまいし、何を大げさな……俺を誰だと思ってるんだと呆れ、泰然自若のていを崩さないつもりでいた。しかし、こよりがいちばん奥まで差し込まれるともはやこらえきれず、目の端に涙がにじむのを感じた。

折しも世界でコロナ鍋の大盤振る舞いが大流行しているさなか。当の看護婦さんにとってこのような検査はもはや日常茶飯事のはずで何の反応も見せなかったけれども、僕のほうはちょっと気まずい思いをした。

こよりが自分の鼻に押し込まれていく途中で、

「なあに、これくらいたいしたことないですよ。なんなら体中の穴という穴にこより入れちゃってもいいんですよ?」

などと変な強がりを見せなくて本当によかったとつくづく安堵した。

なお検査の結果は予想通りの陰性。

Duolingoに取り組む

2020 Year in Review
Top 1%に名を連ねてもひたすら読むばっかりでロクにしゃべれないエリート語学初心者がこちらです

今年一年を通しておおいにDuolingoの世話になった。人生は短い。新しい語学をやるなら早ければ早いほどいいだろうと思い、ドイツ語の勉強を始めた。参考書を一冊手に入れて始めた当初は、しょっぱなから暗記事項のあまりの多さにうんざりさせられた。いっぽう、フランス語については僕が独学で学び始めたころ、こんなに暗記を要求された記憶がなく、むしろけっこう気楽に学んでいけたように思う。ドイツ語の習得は自分には無理なんじゃないかとたびたび中断していた頃にDuolingoを使い始め、そしてそれ以来いちおう途切れることなくほぼ毎日ドイツ語の学習に取り組めている。

Duolingoの良いところとして、まず同じカテゴリーで出される問題が似通っていて反復的だということがある。一般的に言って、学校でやるテストの問題は結果を数値化して順位の形にし成績をつけることが優先されている。みんながみんな100点だったり50点だったりしては成績のつけようがなく困ってしまうわけだ。だから難易度の異なるさまざまな問題を一度にどっと出して何とか減点の機会をつかもうと必死になっている……学校のテストってそういうもんだろうと思う。いっぽうで、Duolingoの出題の仕方はあくまでユーザーに学ばせることが主眼になっている。出来の悪い学習者の出来を引き上げるべく似通った問題を何度も出すことによって理解の浅い箇所がどこにあるのかを学習者自身に気付かせるような仕組みになっていると思える。設問の内容が反復的だということはそういうことだ。

それから設問のひとつひとつにディスカッションのためのスレッドが用意されていてネイティブの意見を聞くことができるというのもすごいことだ。設問の例文とそれに対応する訳は必ずしも実際の言い回しと一致するわけではなく、ネイティブから見て奇妙なものもたくさんあるようだ。それでも、そのズレを比較することによって設問がどんな文法的ポイントを学ばせようとしているのかという問題作成者の意図をネイティブが明らかにしてくれることがたびたびあって感心させられる。紙の参考書ではこうはいかない。「アメリカじゃどうか知らないが少なくともイングランドじゃこんな言い方はしねえよ」といったツッコミもおもしろい。

もっとも、Duolingoをやるだけで新しく言語を習得することができるなどと勘違いしてはいけない。あくまで自分にとって未知の文法や単語、そしてわかっているつもりで実は理解があいまいなところを気付かせてもらうための手段としてDuolingoを使うべきだ。その都度辞書や参考書にあたって問題点を克服しつつ、あくまで入門書を一冊終わらせることをさしあたっての目標として取り組むのが僕のような初学者が心得とすべきことだろう。

漫画のレビュー?

このブログはいちおう漫画のレビューを書くためのものとしてやっているんだけれども、ここのところまったくレビューを書いていない。漫画を読んでいないのかというとそんなことはない。ちょっと厄介な代物に手を出してしまっただけだ。

いま読んでる漫画
付属のしおりが擦り切れて使い物にならなくなるのが先か、読み終わるのが先か

それ、いつ読み終わってレビューを書くのかって? そんなことこっちが聞きたいくらいだ!

新年の抱負

ここのところロクにレビューをかけていないことの理由に自分の時間の配分のまずさもあっただろうと痛感している。僕はひとたび読書を始めると没頭してそれだけで一日が終わってしまうということを繰り返している。ゲームとかやってみてもそうだ。今後は何事もほどほどにいろんなことに巧く時間を割り振りできたらいいなと思っている。

いま世界は大変なことになっているけれども、巷の喧騒やネット上の狂騒など差し置いて独り未踏の荒野を歩き続ける気持ちで臨みたい。その意味ではこれまでと別にやることは変わらないだろう。